彼女には敵わない



とある昼下がり―――

事件も特に起こらず、阿笠邸は平和であった。


「………」

「〜♪」


そう、確かに平和だ。
コナンは、仰向けの格好でソファーに寝そべって探偵小説に目を通し、哀は家の中を掃除中。
これ以上になく平和な光景だ。しかし、哀はと言うと、掃除をやる合間合間で、
ジト目でソファーで小説を読んでいるだけの名探偵を睨みつける。


「…あんだよ?」

「あなたね、ダラダラ読んでる暇があったら、少しは手伝ってくれないかしら?」

「ダラダラ読んじゃいねぇよ。こっちだって真面目なんだ、おめぇも真面目に掃除してろって」


あくまでダラダラしてるつもりはないと主張するコナンに、
哀の表情はますます不満の色を見せる。
様々な出来事を経て哀と付き合い始めてからと言うもの、コナンは阿笠邸では好き勝手に振る舞うようになった。
そして、その度に哀から注意を受けるのだが、それでも止める事は無い。

何故なら、それこそが彼の目的なのだ。

こうやって、日常的に迷惑を掛け、日常的に注意を掛けさせる―――

そうする事で少しずつ彼女を普通の人間に近付けようとしているのだ。
無論、あくまでこれはそうする為の手段の1つでしかなく、
他にもまともな方法はあるのだが、彼女の度の過ぎた冗談などに振り回される事が多い為か、
ついつい捻くれた方法を取ってしまいがちであった。


「………………」


同じくコナンと付き合うようになった哀は、
どう見てもダラダラしてるようにしか見えない彼に、掃除の合間合間にジト目を向ける。
そして、何度かそれを繰り返した末、何か思い付いたかのように口角を吊り上げた。




「ふわ〜あ……今回はこのくらいにしとこうかな?」


同じ姿勢のまま小説に目を通し続け、疲れたのだろう。
コナンは大きくあくびをしながら、ページにしおりを挟んで読むのを止めようとした。


「う"っ…?!」


突然、腹部にドスンと重たいものが乗っかって来て、コナンはうめき声をあげる。
状況を確認しようと、軽い圧迫感に見舞われている腹の方に目を向けるてみれば、
そこには馬乗りになった哀が、こちらを見下ろしていた。
その事実を知ると、"重いと感じてしまったのは失礼だったか"と思ったが、
それ以上に気掛かりな事が―――


「し、志保?随分こえー顔してるけど…」


コナンから本名で呼ばれた彼女の表情が、恐ろしく冷徹だったのだ。
これから恐ろしい事をしようと考えているかのような顔を―――


「んむ!?」


そして次の瞬間、哀は左手を彼の口へと伸ばし、
人差し指と親指で摘まんだ薬のカプセルと思しきものをその唇にくわえさせたかと思えば、
人差し指ごと口内へと押し込む。突然の彼女の行動に、さすがのコナンも反応しきれず、
この一連の行為に何の抵抗も出来なかった。

一方、哀は薬らしきものごと口内に押し込んだ人差し指を、
ワザとコナンの舌に密着させ、ゆっくりとなぞる様に引き抜いて行く。
愛しい人の人差し指が、舌の上をなぞる感覚にコナンの舌は―――
体はピクリと反応してしまう。そんな自分が情けないと思い掛けるコナンだったが、
哀はそう思う余裕も許さないと言わんばかりに、右掌で彼の口を覆う。
声を発する事が難しくなったコナン―――

そんな彼の口を支配しているのは、舌をなぞられた感覚と薬らしき何かが口内に残った感覚のみ。


「ビックリした?新一君……」


コナンの唾液が付いた左手人差し指に舌を当てながら、哀もまた彼を本名で呼ぶ。
彼らは、付き合い始めてからは、人前以外ではお互い本名で尚且つファーストネームで呼ぶようになっていた。
それ程間で親密な関係となったのに、あまりにも唐突な哀のこの行動―――

本来ならば、押し込まれたものを吐き出して問い質したい所だが、
右手で塞がれてはそれもかなわず、彼は目で訴え出る事にした。


「あらあら…いきなり何するのかって?それくらい、推理してみたら?」


相棒らしく、彼の目から何を言いたいのか理解する哀。
そんな彼女に対し、コナンは"出来ねぇから聞いてんだろ"と目で訴えた。
すると哀は、冷徹な顔を彼のすぐ目の前まで近付けながら、

「あなた、最近小説ばっか読んで、私の事手伝ってくれないじゃない?
だから、毒薬をあげちゃったのよ」


と、答えた。それを聞いたコナンの顔から一気に血の気が引く。


「驚いているようね?無理も無いわね……
せっかく付き合ってるのに、構ってくれないのが悪いのよ?
だから、こういう形であなたを私のものにしたくなったの………永遠に……………」


冷徹な顔で、それでいてトーンの低い声で理由を話してくる哀を見て、
コナンの顔が徐々に青ざめ、額から冷や汗が浮かぶ。


「さ…早く飲み込みなさい。大丈夫、痛みも苦しみも知らずに安らかに死ねるから……」


そんな彼の表情を楽しむかのように、哀でギュウっと右手でコナンの口を鷲掴みにする。
コナンは、そんな事をしたくなかったが、同時に罪悪感も沸き出す。
蘭を待たせた末にフったどころか、
新たに好きになった相手にすら、寂しい想いをさせてしまったのかと―――


「………なぁ〜んてね」


コナンがそう思い始めた時だった、
哀は、冷徹な表情を一瞬でしてやったりな表情に変え、おどけた声で例の言葉を発した。

冗談でだったという意思表示の言葉を―――


「…ぷは!お、おめぇ…またしても脅かしやがって……!」


彼女の意思表示と共に口から右手を退けられたコナンが最初に発したのは、
脅かされた事に対する抗議の言葉―――

だが、それだけでなく安心の色も含んでいるのは、少し抜けたような声色ですぐに理解出来た。


「けど、あなたが悪いのは事実よ?ワザとダラダラして、私に世話を焼かせようとしたんだから」

「…気付いてたのか?」

「何度も同じ事されたら、さすがに分かるわよ。
大方、私を普通の女性のようにしたかったんでしょうけど、やり方があまりにも捻くれてるわ。
もっと他にまともなやり方があったはずでしょ?」

「うっせー……」


"おめぇが時々こんな事するから、こっちだって捻くれたやり方を選んじまうんだよ……"

コナンはそう言ってやりたかったが、反論されて面倒になりそうだった上、
今口の中にあるものの正体も気になった為胸の中へしまい込んだ。


「それより、今オレの口ン中に入れた奴……」

「…あら?まだ気付いてないの?」

「はあ?」


哀の返答の意味が分からなかったコナンだったが、
舌に触れた薬のようなものの感触に、彼はすぐにそれの正体を理解した。
今、彼の舌に触れた薬らしきものは、いつの間にか溶け出していたのだ。
その溶け出したそれの感触は、溶けた薬のカプセルのそれではなかった。


「…チョコか、これ?」

「そう…あなたへのドッキリの為に作った、カプセルそっくりなチョコレート……
しかも、あなたがいつも飲んでる"アレ"の味がする奴よ」


哀の言う通り、カプセル薬そっくりなチョコレートは、
愛飲しているブラックコーヒーの味がした。
薬でないと分かったコナンは、カプセルの形をしたそれを噛み潰して飲み込んだ。


「美味しい?」

「まあな…」

「ありがとう。ちゃんと食べてくれて…」

「ちゃんと食べてくれてって……おめぇが無理矢理押し込んだんだろ?」

「それって、無理矢理押し込まなかったら食べる気は無かったって事かしら?」

「いや、そう言う意味じゃ……ん!?」


反論しようとしたコナン。そんな彼の口を哀は自分の口で塞ぎ、
すかさず舌を彼の中へと入り込ませ、歯や頬の裏、そして舌を舐め回す。


「ん…!う……」


不意打ちのディープキスにコナンは驚きと共に息が詰まりそうになったが、
すぐに鼻呼吸に切り替える。そうする間にも、哀は自分の口内を犯してくる。
その感覚に、コナンは持っていた探偵小説を手放して、
哀の身体を抱きしめ、自分の舌を彼女の舌と絡ませる。
そうする度に、お互いの胸が高鳴り、頬が赤く染まる。


「はぁ……」


長いディープキスを交わした末、哀は名残惜し気に自身の唇をコナンの口から引き離す。
その瞬間、互いの口から唾液が糸を引く。


「…それじゃあ、このキスも私が無理矢理してきたら、仕方なく応じたって事で良いかしら?」


そう言いながら哀は、自身とコナンの唾液が混ざり合った糸を舌なめずりで断ち切る。
赤らめたままの顔で行われたその行動は、
実に妖艶で、コナンを釘付けにするのには充分過ぎる表情であった。


「おめぇ、ズリぃぞ………」

「あら、何が?」

「いちいち説明しねぇと分かんねーか?」

「えぇ」


あっさりと肯定する哀に、コナンはジト目を向ける。


「ホントは分かってる癖によ……」

「何の事かしらねぇ…」


そう言って哀は白々しく、それでいて楽しそうな表情を浮かべる。
付き合うようになってから愛想が良くなったものの、素直じゃない所は相変わらずだ。
構って欲しかったのなら、こんな事などせずに普通にアピールすれば良いものを―――


「それよりも、いつまでこうしてるつもりなのかしら?」

「…こうして欲しかったんじゃねーのか?」

「そんな事言った覚え無いわ。あなたがいきなりしたんじゃない」

「いい加減、はぐらかすの止めてくんねぇか?」

「…それもそうね。」




「新一君…v」


哀は、コナンの耳元で彼の本当の名を猫撫で声で囁いた。
彼女の囁きに、コナンの顔は赤みを増し、哀の身体を抱きしめる力を強める。
コナンは、一連の哀の行為でみるみる骨抜きにされていく自分が酷く情けなかった。


「全く…おめーにゃ敵わないぜ………」


だが、たまには逆の立場も悪くないとも思っているのであった。



―あとがき―

今回は付き合ってる設定で尚且つ構って欲しい哀ちゃんに
グイグイ押されていくコナン君が書きたくなったと言う理由で書かせてもらいました。
哀ちゃんにコナン君の上へ馬乗りにさせたり、そのままやりたい放題させたり…
自分の趣味が大爆発しております(笑)。コナン君をからかって楽しむ哀ちゃんが最高に好きです。
(余談ですが、「痛みも苦しみも知らずに安らかに死ねる〜」は北斗の拳のパロディだったり…)
キス描写が若干エロくなってしまいましたが、この程度なら大丈夫かなって事で特に注意書きはしませんでした。
ホントは年頃の17歳と18歳だから問題無いね(何

しっかし何だか、バレンタインデーっぽい話しになってしまいましたなぁ……



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