店の奥にある大傘の家の居間。
そこは、畳みとちゃぶ台があり奥に台所があると言う、
シンプルかつ和風な部屋であった。


「うわぁ、和風…」

「変でやすか?」

「いやいや、風流があって良いわねえ」

「ああ、そう言う事…」

「それより、飯作ってくれるんでしょ?早くお願い」

「了解でやんす」


そう言うと大傘は、エプロンを着て台所に立つと今日の夕飯を作りだす。


「フンフフ〜ン♪」


さと見が永住してくれる事になり嬉しいのだろうか、
大傘はかなり上機嫌で鼻歌を歌いながら料理を作っている。
それからしばらくすると、料理は完成した。


「はい、お待ちどうさん」


上機嫌なご様子で大きめの皿2つをちゃぶ台に置く大傘。
その皿の上にあったのは、ウィンナーカレーだった。


「え?カレー?」

「そうでやすよ。どうしたの?」

「いや、てっきり和食でも出るのかなって思って、ちょっとビックリしただけよ。
ほら、ここ和風な家だし…」

「家の内装だけで料理のメニュー決めちゃダメでやんすよ。
それより…」

「分かってるって。いただきま〜す」


両手を合わせ食前の挨拶をすると、
さと見は目の前のカレーをスプーンですくい、一口口に入れる。


「ん?おぉー!美味しい!辛過ぎず甘過ぎずで美味しい!!」

「でしょ?実は…」

「へえ、得意料理なんだ。凄い凄い」


大傘の心を読み、彼女の得意料理だと覚ったさと見は、
そのままガツガツと勢い良く食べ、
あっと言う間にウィンナーもろとも完食した。


「ふぅ…ごちそうさま。美味しかったわぁ…」

「うわぁ、もう食べちゃった…」

「いやあ、美味しいと思ったものは手早く食べちゃう主義なのよ〜…
つーか、かく言うアンタももう全部食ってるじゃない」

「ま、まあね…あり?」

「何よ?…あ」


突然、何かに気付く素振りを見せる大傘に、
さと見は一瞬どうしたのかと思ったが、
その心を読みすぐに咲夜に付けられた左頬と右脇腹の傷に気が付いたのだと分かる。


「どうしたでやんす?」

「あぁ…別に大した事無いの。
だから、さっさとお皿片付けちゃってよ」

「いやでも、怪我してるんなら一応手当て…」

「い、いらないって。ほっぺたのだけで充分よ。
脇腹のは自分で出来るから…」

「いやいや、傷の具合は…」

「"他の人に診てもらった方が良いでやす。
だから、ワチキが見てあげるでやんすよ"
いや、ダメだっt…ボゴォ!?」


服の下の傷を見られたくないさと見は、
傷を見せるのを拒否しようとしたが、その次の瞬間、
大傘がいきなりちゃぶ台を前に突き飛ばす。
考えるより前にいきなりして来た為、
さすがのさと見は対応できずちゃぶ台がぶつかって倒れてしまう。


「イタタタ…っ!」


一応手加減はしたらしく怪我はしていないが、
それでもかなり痛いようで、
さと見はぶつかった箇所を押さえ、うずくまる。
その隙にと言わんばかりに、大傘がその上に馬乗りになった。


「フヒヒ…
まさか覚り妖怪相手にこーんなポジション取れるなんて、
夢にも思ってなかったでやんす」


そう言いながら、大傘は何やらいやらしい笑みを浮かべる。
その際の彼女の心を見た、さと見は思わず顔を赤くした。


「ちょっと何やらしい事考えてるのよ!
それに、汚いわよ!
考えるより前にちゃぶ台ぶつけて…!」

「君が悪いんでやんすよ〜?
素直に見せてくれないから。だから…」


と、大傘は両手をさと見の服の下側に掛けた。


「力尽くで見せてもらうでやす!」

「あ!だ、だからダメだって…!」


止めるよう言ったさと見だったが時既に遅し。
大傘は服の下側をまくりあげてしまった。


「あっ…!」


そして、服の中から傷だらけのさと見の体が露わになり、
それを見た大傘は驚き、声を上げる。
一方、当の本人はそっぽを向いてギュっと目をつぶる。


「だから…ダメだって言ったじゃない…!」


絞り出すように一言こぼすさと見。
だが、大傘はと言うと、ふーんと言った様子でこう返した。


「なーんだ…」

「"傷だらけの体を見られるのが嫌だったんなら、
最初からそう言えば良いのに"
あ、アンタ…気持ち悪い…とか思ってないのね?」

「なんでそんな事思わないといけないんでやんすか?」

「だ、だって…傷だらけの女の子って、気持ち悪いじゃない…」

「あぁ、確かに普通は何か思われそうでやんすね。
でも、ワチキはそんな酷い事思わないでやんすよ。むしろ…」

「"可哀相としか思えない"
う、嘘…」


さと見は、大傘の考えている事が信じられなかった。
今日の今日まで、気持ち悪がられる事を恐れ、
ずっと隠して来た服の下の秘密。
一応さとり達には見せたが、
親しい彼女ら(とペット達)は絶対に気持ち悪がらないのと、
自分の過去の話しをより分かり易くする為にあえてそうした。

だが、今目の前の赤の他人の妖怪は、
彼女の傷を見て何とも思わないばかりか、同情してくれているのだ。
まさか、こんな反応がかえって来るとは、さと見は予想外だった。


「心読んでるなら、嘘じゃないって分かってるでやしょ?
それより、もう見ちゃったから、
血が出てる方の傷を診てやるでやんすよ。だから…」

「"傷のある部分を上に向けて"
うん…」


大傘に言われ、さと見は横になり、
右脇腹を上に向く位置になるようにして寝る。


「フムフム…出血は大した事無し。
ばい菌がいるかどうかは…ペロッ」

「ヒィッ!!」


出血の具合を見た後、大傘は信じられない事に、
さと見の傷を直接舐める。
しかも一度だけでなく、入念に確かめるように何度も舐めて来たのだ。
彼女の舌は生温かく、ヌメッとしていたが、
同時に何処か優しい感じもし、さと見は不思議な気分になる。

しかし、余り慣れない行為だからからか、
さと見は舐められる度に体をこわばらせた。


「フム…菌がいる味じゃ無いでやすな。
これ以上舐めて消毒してやる必要も無しと…」


舐めた末、そう判断した大傘はいったんさと見から離れると、
何処からか救急箱を持ってくる。
そして、その中から大きめのバンソウコウを取り出すと、
脇腹の傷に貼り付けた。


「これでよしっと…とりあえず…」

「"もう問題は無いでやすが、
念の為今夜はお風呂に入らない方が良いでやんすよ"
そう、ありがとう。でもアンタ、他人の怪我診る時いつもああやる…
ようね」

「うん。何せワチキ、舐めただけで傷の具合も分かるし、消毒も出来るんでやすから」

「へえ…そんな事出来る付喪神もいるものね」

「さ、それより次でやすよ次。早く起きて」

「あ、うん…」


大傘に言われてさと見は体を起こすと、
大傘は彼女の右脇腹と同じ要領で左頬の傷を診る。
そして、こっちも大した事が無いとして、普通のバンソウコウを貼ってあげた。


「これで完了っと…もうこれで…」

「大丈夫なんでしょ?
言わないでも分かるわよ。そして、本当にありがとう」

「どういたしまして。さあて、いい加減お皿片付けやしょうか」


そう言って大傘は、
先程突き飛ばしたせいで最初の位置よりズレた位置に移動していたカレーの皿2つを手にとり、
台所に向かう。
そしてそのまま水道で洗い始める。

その姿をさと見は黙って見ていたが、途中気になる事が出来て、口を開いた。


「ねえ、大傘…
皿洗っている所悪いけど、ちょっと聞いて良い?」


そう問いかけるさと見に、大傘は皿を洗う手を止めず、
あえて振り向かないままで「なんでやんすか?」と返す。


「アンタさあ、私の傷跡がどう言う経緯でついたのか、
全く聞かなかったけど、何で?」

「あれ?心読めるんなら、理由ぐらい当に分かってるんじゃないんでやすか?」

「…あえて、聞かなかった?」

「そう、あえて聞いてやらなかったんでやんす。
そんだけの傷なんでやすから、絶対辛い事か何か起きたのは確実。
だから、ほじくり返すのは可哀相かなって思って…
それに…」

「それに?」



「今日出会ったばかりか一緒に住む事になったのに、
それが元で今後の関係に傷が入っちゃ嫌でやすからね〜。
せっかく、覚り妖怪に更に近い存在になれるんでやすからね〜♪<> フヒヒヒヒ」

「あ、あっそう…;」


途中まで良い感じの事を言っていた大傘だったが、
結局最終的な理由はそこらしく、さと見は苦笑する。
しかし同時に、彼女はこう思った。


「(でも、コイツの優しさ…本物だわ。
覚り妖怪になりたいだなんて、
変な奴だとか思ったけど、案外それだけって事も無いみたい。
私…実は良い家に来たのかも…)」


心の中でそう思ったさと見。
そして、彼女が大傘の家に住む理由がちょっとだけ変わった。

覚り妖怪になれると思いこんでいる彼女の内なる優しさを、
もっと探ってみようと―――


大傘の家で暮らす事になったさと見。
この後、自分の部屋を始め、家の中を案内され、
更に次の日、大傘と共に店で働くようになったのは、もはや想像に難しくない。

こうして、彼女の幻想郷を巡る冒険は、幕を閉じるのであった―――



帰って来た覚り終わり...
衝撃のラスト






 

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