幻想郷の何処かの木が生えている所―――
その木の下で、短い緑色の髪に黒い触角を生やした人物が1人。

リグル・ナイトバグ―――

ブラウスらしき白シャツと紺のキュロットパンツ、
そして甲虫の外羽のような裏地が赤い黒いマントと言う服装と、
頭の触角から良く男の子と間違えられたり、ゴキブリだと言われてイジメられたりするが、
彼女はれっきとした女の子であり、蛍の妖怪である。

大事な事なのでもう一度言おう。

男の子でもゴキブリでは無く、女の子であり蛍の妖怪である。

そんな彼女だが、蟲を操る程度の能力を持っている為、
蛍の妖怪であるにもかかわらず、蛍以外の蟲を良く連れている。
今日も、カマキリや蚊やトンボ、ダンゴムシにゾウムシにハサミムシと、
奇妙な組み合わせの虫達を連れていて、彼らを手の上などに乗せて楽しげに笑談を交わしていた。


「…ん?」


その時だった、後ろから激しい音らしきものが聞こえて来る。
リグルはその正体を確かめようと、後ろを振り返ると、
そこには水色の着物を着て茶色い靴をはいた人物が、
ポッキーらしきお菓子を口にくわえて半目な表情で立っている。
その人物は、瞳が赤く、大きく反り返った太い黒髪と、
頭頂部から長い1本のアホ毛のようなものが目を引き、
そのアホ毛のようなものと反り返った太い髪の内、
顔の左右から生えている髪の先端に白い鈴が細い紐で括り付けられていた。

その人物は見た感じから14、15歳辺りの少女のように見える。

そして、その人物は片手にミュージックプレイヤーのようなものを持っており、
激しい音はそこから出ているようだ。


「あれ?君、誰?」


明らかに見た事の無い少女らしき人物。
正体を確かめようとリグルは彼女に話しかける。
だが、当の少女らしき人物はと言うと、答える事無くリグルに接近。
彼女の顔に自身の顔を近付ける。


「え?ええ?」


突然の行動に戸惑い、思わず顔を引くリグルだったが、
相手は逃がさんと言わんばかりにジッと顔を近付ける。
そして、少しの間を置くと、相手はニッとした顔と共にお菓子をくわえたままで口を開く。


「お前、今のマジでやってんのか?」

「は?はあ?」


顔を近付け、何を言うかと思えば、意味の分からない一言。

いったい何の事を言っているんだ?

そう思っていると、相手は発言の意味を理解していないと思ってかこう言った。


「いや、だからさあ…
お前マジで虫と話してるつもりでいるのか?」

「はあ?」


少女の一言にリグルはますます訳が分からなくなった。

本当に彼女は何を言っているのだろうか?
恐らく、この幻想郷で自分が蟲を操れて会話も出来るのは周知の事実。
そんでもって、妖獣の類がいるのも当たり前の世界。
なら、虫と話せる人物―――
いや、蟲の妖怪がいて虫と会話できる人物がいるのも普通のはず。

この世界に住む以上、知らない人物はまずいないはずだ。

だとすれば、自分をからかっているのだろうか?


「あの、からかうなら、もっとまともなからかい方があると思うんですけど?」


そう思ったリグルは一言を浴びせる。
しかし、当の相手は「はあ?」と首を傾げている。


「はあ?じゃないでしょ?
私が蛍の妖怪だと知って、虫に話し掛けてるつもりでいる変な人みたいな言い草して…!」

「え?お前マジで妖怪なの?!嘘ぉー!」

「?」


とぼけていると思ったリグルはイラッと来て、
少女に自分の事をからかっているのではないかと言ってしまう。
だが、それを聞いた少女は、リグルが妖怪だと知って何故か驚き、
口のお菓子を落としそうになる。


「な、何をそんなに驚いて…」

「いや、だって…蛍の妖怪なんて聞いた事無いし…」

「はあ?蛍の妖怪を聞いた事無い?それ、本気で言ってるの?」

「ああ、本気。だって俺、今まで蛍の妖怪がいるなんて聞いた事無かったもんなあ…」

「聞いた事無かったって…それに、お…俺?」


少女の信じられない一言と"俺"と言う一人称に驚くリグルだったが、
当の本人は何故驚かれているのか理解出来ないような表情を浮かべる。


「どうした?」

「い、いや…まさか私の事聞いた事無かった人がいたとは思わなくて…」

「あーワリィ…俺さあ、
今まで妖怪つったら俺らや虎やネズミみたいなのとかばかりだと思っててな…
つーか、良く見たら触角生えてるな。気付かなかった…」

「別に、分かってくれたなら良いよ?それより君、妖怪なの?」

「ああ…随分と昔は人間だと思ってたんだけど…
それに、あんまり寺の外に出ないから、ちょっと世間知らずで…」

「へえ…て言うか、何かさっきからそれうるさいんだけど?」


そう言ってリグルは、少女が持つミュージックプレイヤーを指差す。
彼女が持つミュージックプレーヤーは未だ激しい音を鳴らしていたが、
その音を良く聞くとギターのサウンドが激しく鳴っているものであった。


「え?コレか?」

「うん。いったいコレはなんなの?」

「ん〜…俺も何か良く分かんないんだけど、
ラジカセみたいな機械だって。
何でも、手軽で何処でも使えるように小さくした奴だとか何とか…」

「へえ…そんなの何処で手に入れたの?」

「俺がいる寺にいる狸のおばちゃんからもらった。
外の世界の人間にもらったんだけど、あんまり使わないからって…」

「そうなんだ。…って、そんな事よりその音消してくれないかな?」

「ん?あぁ…」


リグルに言われ、少女はプレイヤーの電源を切ると、音は鳴りやむ。
ちなみに、先程から音とばかり表現してきたが、
彼女が聞いていたのは正当な音楽。しかもロックバンドだ。
だが、幻想郷で一番良く知られているロックバンドと言えば、響子とミスティアがやっている鳥獣伎楽。
そして、鳥獣伎楽をやっているミスティアはリグルの友人だが、
実を言うと彼女らの鳥獣伎楽にリグルは頭を悩ませていた。

理由は無論、音楽がやかましいからだ。

たまに行われるゲリラライブの騒音に周囲の蟲達は大迷惑。
コオロギやスズムシなどの類は、満足に求愛の歌も歌えない、
静かに夜風に吹かれたいのに彼女らのせいで台無しなどなど、悩みをリグルに打ち明けるものが多かった。

無論、リグルもその気持ちは同じであったが、響子と一緒に楽しそうに、
それでいて気分良さそうにライブに励んでいるミスティアを見ると、
ついつい止めるのを躊躇してしまっていた。

そのせいで蟲からの悩みが後を絶たず、
中には止めないリグルに苦言を呈する者達も現れているとか。

その為、リグルにとっては鳥獣伎楽は良い印象が無かった。
そして、ロックバンドの知識に乏しいリグルは、
特に何も言ってはいないものの、少女のミュージックプレイヤーの音楽は、
鳥獣伎楽と音楽の親類程度にしか聞こえなかった。

なので、ミュージックプレイヤーの音楽がうるさい音にしか聞こえなかったのである。


「消したけど良いか?」

「うん。それより、わざわざ私に話しかけて来るなんて、何か用?
それとも、単に私が珍しかっただけ?」


少女に問いかけるリグル。
すると彼女は、聞きたい事があって話し掛けたのだと答える。


「そうなんだ。いったい何を聞きたいの?」

「実はさあ、妖精探しててさあ…
お前、妖精がいる場所知らない?」

「妖精がいる場所?」

「ああ。さっきからずっと探してるんだけど、見付からなくてな…」


溜め息を突きながら語る少女。
どうやら相当悩んでいる様子だ。
しかし、残念ながらリグルは妖精がいる場所は余り詳しくない。
むしろ考えた事が無かった。

一番考え付く場所があるかどうか言われると、友人チルノがいる霧の湖くらいしか知らない。

とりあえず、そこを紹介しておこうか?
チルノなら、詳しい場所知ってるだろうし―――


「妖精がいる場所についてはあんまり知らないけど、
一応霧の湖に友達の妖精がいるんだ。彼女に聞けば?」

「へえ、お前友達に妖精がいるんだ。分かった、そいつに聞いてみよう。
でー、霧の湖は…」

「この先を真っ直ぐ進んで行けば着くよ」

「ああそうか。教えてくれてありがとさん…」


と、少女は一言例を言うと、
髪に付けられた鈴をチリチリ鳴らしながらリグルが指差す方向へと歩き去ろうとする。


「あ、待って!」


そんな彼女にリグルは静止を掛けた。


「あん?何だよ?」

「君、まだ名前聞いてなかったね。名前は?」

「ああ、俺の名前?"かおり"ってんだ。そー言うお前は?」

「私はリグル・ナイトバグ。さっきも言ったけど、蛍の妖怪よ。
たまにゴキブリとか言ってイジメて来たり、男と間違える輩がいるけど、
蛍の妖怪で女の子だからね」

「え?お前女なのか!?」

「そうだけど…って、君も男と間違えたのかい…」

「当ったり前だろ。
そんな成りで、しかも女言葉あんまり使わないんじゃ、初見だと間違えられるって」

「そ、そう言う君だって、男言葉ばっか使ってるじゃない。
しかも、自分の事俺なんて言っちゃってさあ…」

「はあ?何言って…
て、こんな事言ってる場合じゃねーや。もう行くからな、じゃあな!」


そう言ってかおりは、お菓子をかじりながら足早に立ち去ってしまった。


「あ!ちょ…行っちゃった。
あんなの娘もいるんだ。
でもあの娘、何で妖精の居場所を知りたがってたんだろう?」


流れに乗ってチルノの居場所を教えてしまったが、大丈夫だったのだろうか?
リグルの胸に、少しながら不安が過った。






ドンドンドン!ドンドンドン!

所変わって博麗神社。
こちらでもひと騒動起こりそうになっていた。
誰かが神社の戸を激しく叩いている。


「おい!開けろ!いるのは分かってるんだぞ!!出て来い!!」


誰かは神社の中に向かって叫んでいる。

霊夢を呼んでいるのだろうか?


「うるさいわね…誰よいったい?」


戸を叩く音と誰かの声を聞き、霊夢は気だるそうに表に向かい、戸を開ける。


「誰?人がのんびりしてる時にバンバンバンバン…」

「やっと出て来たな。博麗の巫女さんよ…!」

「ん?」


と、霊夢は前を見ると、そこには1人の少女が腕を組んで立っていた。

その少女は、リグルと出会ったかおりに良く似ている―――
と言うよりも、瓜二つな外見で、顔も髪形も、鈴が付いている位置も全く同じであった。
ただ、かおりと違い、髪の色が薄く鈴が黄色で瞳が水色になっており、
着物の色も赤く、形(着方?)も微妙に異なっていた。
それに加え、目にはまつ毛が生えており、靴もかおりのものと違う形の紫色の靴であり、
その脚には白いニーソックスらしきものをはいていた。

そして何よりも目に止まるのは、着物の左胸に描かれた、
丸い赤眼で耳から何か生えた白い謎の生き物の顔のプリント。
いったい、何だろうか?

と、ここまで語ったが、霊夢はまだかおりとは会っていないので、
目の前の少女がかおりそっくりだとかさっきもあったかどうかなど、
微塵も感じていないのは言うまでも無い―――


「…アンタ、誰?」

「私は"かおる"。博麗霊夢、お前に話しがあって来た」

「話し?あぁ…残念だけど今は休憩中で、話し聞く気力ないのよね…
話しなら休憩終わった後でいくらでも聞いてやるから、また後にしなさい」

「こ、こらあ!そんな見え透いた嘘で逃げる気か!!」


中に戻ろうとする霊夢だったが、かおると名乗った少女は止める。
最初は無視しようと思ったが、止める際の発言に引っ掛かりを感じ、
自然と体が止まる。

見え透いた嘘で逃げる気?

いったい何を言っているのだろうか?


「嘘で逃げる気?いったいどう言う事?私は別に嘘も何にも吐いてないんだけど…」

「お前、あくまでシラ切るつもりか?」

「だーからあ…何言ってるのよ?ちゃんと言ってくれないと分かんないんだけど?」

「ちゃんと言え?人様の"キョーダイ"を自分で隠しておいて、何だよその態度は!!」

「キョーダイを隠した?」

「ああ!私には、双子のキョーダイがいるんだよ!
でも、朝寺の庭掃除してる時に突然姿消したんだ!」

「あらそう。それは災難ね…でも、それと私と何が関係あるの?」

「テメェ…!まだ知らんぷりする気か!?」

「あーいや…そう言われても、本当に何の事か全然分かんないんだもん…」

「…そうか。じゃあ、何の事言ってるか教えてやるよ!
私が言いたいのはな、お前が寺の庭掃除してる私のキョーダイさらったって言いたいんだよ!!」

「え?」


自分が彼女のキョーダイをさらった?
それはつまり、自分を誘拐犯だと疑っている事か?
だが、当然ながら霊夢に身に覚えなどない。
そもそも、彼女が言う様にキョーダイとやらが本当に双子だとしたら、
両者共にそっくりな外見だろうから、さらった人物そっくりのかおるを見たらまず驚くだろう。

まあ、とにもかくにもここは疑いを晴らさねばならない。


「残念だけど私じゃないわよ。だいたい、双子のキョーダイなら会ったら瞬間驚くでしょ?」

「あー!テメェまだシラ切ろうって言うのか!?」

「シラ何か切って無いって…て言うか、何で私を疑ってんのよ?」

「お前がこの幻想郷で一番強い巫女で、妖怪退治所業にしてるから」

「ふぅん、良く知ってるじゃないの。でも、違うわよ」

「嘘言え!妖怪退治の材料の為にさらったんだろ!?」

「だからー違うって…そもそも、そんな面倒な事しないし」

「…なるほど、あくまで嘘を通す気か?それじゃあ…!」


その時、突然かおるは神社に上がりこむ。


「あ!ちょっと、何勝手に…!!」

「うっせえ!正直に言う気が無いなら、この目で直接確かめてやる!!」

「止めなさいって!こら!!」


勝手に上がりこみ、物色し始めるかおると迷惑する霊夢。
いったい、どうなる事やら―――






「魔道書一冊ゲットだぜ♪」


その頃こちらは霧の湖上空。
箒に乗った黒い魔法使いが魔道書片手にご機嫌で飛んでいる。

霧雨魔理沙だ。

今日も紅魔館の図書館から本をかっさらって来たようである。
…本人からしてみたら、死ぬまで借りているだが。


「さあてと、次は霊夢ン所にでも遊びに行こうかな?…ん?」


ふと、魔理沙は上を見上げると、2人の人物が目に止まる。
1人は、スカートの縁の白いギザギザ模様が目を引く青いワンピースと、
背中に6枚の水晶の羽が目を引く青髪の小さな妖精の少女と、
もう1人は水色の着物を着て、髪に白い鈴を付けた黒髪の少女。

前者はチルノ、後者はかおりだが、
魔理沙はかおりを見るのは初めてで、
見知らぬ人物にしか見えないのは言うまでもない。

そして、かおりの方はと言うと、どう言う訳かチルノに敵意を向けている。


「な、何なのよアンタ!?」

「俺はかおり。今朝どっかの妖精に痛い目に遭わされたから、うさ晴らしに来た」

「は?はあ?なんであたい!?」

「本当は何処の誰か良く分からねーし、
分かってんのは妖精ってくらい。
だから、妖精を片っ端からぶっ潰してやる事にした」

「な、何それ?意味分かんな…」

「これからつぶされる奴がゴチャゴチャ言うんじゃねえ!死ねぇ!!」


そう言ってかおりは、両手を振り上げると大玉を投げつけた!


「ひゃー!ほんと、何なのよー!!」


かおりの攻撃に、チルノは悲鳴を上げて逃げ惑った。


「な、なんだアイツ?余り関わらない方が良さそう…」


それを見た魔理沙は、ややこしいなりそうだとでも感じたのか、
かおりに襲われるチルノをほっといて、
その場から逃げるように飛び去り、博麗神社へと向かった。

そちらでも、トラブルが起きているとも知らないで―――




そして、しばらくして魔理沙は博麗神社に到着した。


うぎゃああぁぁぁ!

「!?」


ガラガラガシャ――――ン!!!!

だが、到着して箒から降りた瞬間、中から争うような音と悲鳴が聞こえると、
神社の中から1人の少女が吹っ飛ばされて出てくる。

かおるだ。


「な、なんだあ!?」


霧の湖の次は博麗神社―――
いったい、何が起こっていると言うのだろうか?
魔理沙が困惑していると、中から霊夢が出てくる。


「あら?アンタ来てたの?」

「たった今。それより、いったい何の騒ぎだ?」

「それがコイツ、私がキョーダイをさらったとか思い込んでてね…
私は違うって言ったんだけど、信じてくれない挙句、
勝手に上がり込んで来たから叩きだしてやったのよ」

「お、思い込んでなんか…ない…!」


魔理沙に事の説明をする霊夢だったが、
それを聞いたかおるは否定しながらフラフラ立ち上がる―――
のだが、すぐに尻餅を着いてへたれ込んでしまう。


「うぅぅ…ちくしょう…」


悔しがるかおる。
その姿を見た魔理沙は、大した事が無さそうな奴だと思ったが、
同時にあることに気付く。


「あれ?」

「? どうしたの?」

「コイツ、さっき霧の湖でチルノに喧嘩売ってた…」

「はあ?」


魔理沙の言葉に、霊夢は首をかしげた。
それもそのはず、かおるはさっきからずっと自分に絡んでいた相手なのだ、
同じ人物が同じ時間に別の場所で見かけるはずが無いからだ。

これは、かおりとかおるが瓜二つの外見をした別人である事が原因だが、
この時の彼女らはまだその事に気付いていない。


「何言ってるのよ?コイツはずっと私の所にいた奴よ」

「いやでも…顔全く同じなんだ。着物の色は違ったような気がするけど…」

「何だって!?」


霊夢にかおりについて話す魔理沙だったが、それを聞いていたかおるが反応。
急に元気に立ち上がると、魔理沙に詰め寄った。


「ななな、なんだ?」


突然迫ってきたかおるに困惑する魔理沙だったが、
かおるはお構い無しに聞き返すかのような質問を魔理沙にかける。


「おいお前!今、私と全く同じ顔して着物の色が違う奴見たって言ったか?!」

「あ、ああ…」

「で、霧の湖でちる…なんとかに喧嘩売っていたって?!」

「あぁ、チルノって妖精に喧嘩売ってた…」

「! な、何てこったい…!」


魔理沙の答えに、かおるは叩くように片手で顔を覆うと、
頭をやや下に向けて残念そうに首を横に振る。
彼女の様子に霊夢と魔理沙は一瞬状況をのめずに顔を見合わせたが、
すぐに何かを察したようで、霊夢が口を開く。


「…ねえ、ひょっとして、
コイツ(魔理沙)が霧の湖で見たって言うアンタと同じ顔をした奴が…」

「そうだ。私の双子のキョーダイだ。
何だ、さらわれたんじゃなかったのか…よかったぁ…」


どうやら、かおりこそ彼女のキョーダイだったようだ。
キョーダイの無事を確認出来、かおるはほっと安堵する。
そこに霊夢が、"だから違うって言ったでしょう?"旨の発言をしようと口を開こうとする。


「でもアイツ、何で妖精に喧嘩なんか売りに行ったんだろう?
やられる前に連れ戻さないと!ちょっと!」


だが、かおるはその前に話題をかおりがチルノを襲っている事への疑問に変更し、
魔理沙に声を掛ける。


「な、なんだ?」

「霧の湖って何処?!」

「こ、この先真っ直ぐ飛んだらすぐだけど?」

「そうか、あんがとな」


一言礼を言うと、かおるは頭の鈴をリンリン鳴らしながら、魔理沙が指した方へと飛び去った。


「あ!アイツ、謝りもしないで…
て言うか、何で言う事聞いちゃったのよ!」

「だ、だってよ…」

「とにかく、私らも行くわよ!謝ってもらわないと気が済まないわ!!」

「えー!?なんで私まで?」

「何でも良いでしょ!?とにかく行くわよ!!」

「しょ、しょうがないな…」


自分を疑い、神社に上がり込まれ、
挙句謝罪も無しで機嫌が優れない霊夢は、かおるの後を追い掛けて飛び立ち、
魔理沙も渋々ながら着いて行くのであった。






「ここか、霧の湖!」


霊夢と魔理沙とは一足先に霧の湖に到着したかおるは、
キョロキョロと周りを見渡す。


「何処だ!?何処にいるキョーダイ!」


大声でキョーダイに呼び掛けるかおる。
だが、返事は返って来ない。


うわあぁぁぁ――――――!!!!


代わりに誰かの悲鳴が響き渡った。


「今の声は!…あっちか!?」


聞き覚えのある声だったらしく、かおるは悲鳴が聞こえた方へと飛ぶ。

すると―――




「あ!!」


その先には、
体の所々が凍りつき、ボロボロになって湖面に浮かぶかおりと、
その上で浮いているチルノの姿があった。


「なーんだ、大口叩いてた割に全然大した事無いじゃないの!あたいったらやっぱり最強ね!」


両手を腰に当て、得意げなチルノ。


かおりいぃ――――!!

「? ギャヒィ!!」


だが、そこにかおるが飛んで来て、チルノは弾き飛ばされる。
しかしかおる本人はそのような事など気にも留めず、かおりの元まで飛ぶと、
彼女の体を掴み、湖面から引き揚げ、そのまま岸まで持って行く。
ちなみに、当人は気を失っていた為、かおるは彼女の体を優しく地面に寝かせた。


「おい!起きろ!起きるんだキョーダイ!」


気絶しているかおりに呼び掛け、頬を軽く叩くかおる。


「ん…ん〜?」


すると、かおるはすぐに目を覚ました。


「おぉ!目が覚めたかキョーダイ!」

「あ…あれ?姉貴?何でここに…?」

「なるほど、確かに双子ね」

「ああ。同じ奴が2人いるようにしか見えない」


その時、後ろから2人の少女の声が聞こえ、
2人はそちらに目を向けると、そこには霊夢と魔理沙が立っていた。
かおるに追い付いたようである。


「あ…」

「ん?姉貴、コイツら誰?」

「気を付けてキョーダイ!あの赤いのは、博麗霊夢!
妖怪退治やってる強い巫女だ。事実、私も全く敵わなかった」

「え!?マジかよ!…じゃあ、あっちの黒いのは?」

「さあ?一応、アンタがここにいるって言ってた奴だけど…
そう言えば誰?」

「ああ、私は自己紹介まだだったっけ…
私は霧雨魔理沙。霊夢の友達だ」

「一応ね」

「そうそう、一応…て、何でだよ!」


霊夢の一言にノリ突っ込みを入れる魔理沙。


「えぇー!なな、なんだって!お、おい!」

「な、なんだよかおる…うわ!」


一方、霊夢らの事を聞いたかおるは、
驚くと同時に大慌てでかおりの肩に掴み、驚く彼女をよそにこう続ける。


「あああ、姉貴!いったいコイツらに何やったんだよ!?」

「な、何やったって…何をだよ?」

「分からないから聞いてるんだよ!
妖怪退治やってる奴と友達が着いて来たって事は、お前何かやらかしたんだろ!?
だから、早く謝ってくれよぉ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着きなよキョーダイ!」


どうやらかおりは霊夢が妖怪退治をしていると聞いて、ビビってしまっている様である。
かおるは何とかなだめ様とするが、
かおりの発言を聞いてフフンとした様子で霊夢が歩み寄る。


「…な、なんだ!?」

「ねえ、かおりと言ったわねそいつ?アンタ、そいつの姉?」

「そうだ。私はコイツの姉貴だ」

「で、今までの話しから考えて、アンタ達は双子の妖怪って事で良い?」

「ああ…つか、何だよ急に?」

「いや、アンタの妹さんは随分と良く分かってるじゃないか、と思ってね」

「…はあ?」

「い、妹?」


霊夢の言葉に何故かかおるだけでなく、かおりも反応した。
どうやら、妹と言う言葉が引っ掛かったようだが?


「? どうしたのよ?」

「妹って…それ、俺の事?」


恐る恐る霊夢に尋ねるかおり。
無論、霊夢は「他に誰がいるのよ?」と返した。


「マジかよ…また、間違えられたか…」

「は?はあ?間違えたって?」


かおりの反応に、霊夢は首を傾げる。
すると、彼女の口から信じられない言葉が飛び出す―――


「あのさ…俺、男なんだけど…」

「え!?」

「う、嘘だろ!?」


なんと、今まで女だと思われたかおりだったが、実は男だった!
衝撃の事実を聞かされ、さすがの霊夢も驚きを隠せず、魔理沙も驚く。


「嘘じゃねーよ。俺、コイツの弟なんだよ。なあ姉貴?」

「ああ、キョーダイ」

「で、でも!お前ら顔も声も同じじゃないか!」

「だって、私ら一卵双生児だから…」

「そ、そうなのか…?」

「一卵双生児ねえ…
双子の事はよく分からないけど、
確か一卵双生児って稀に違う性別の双子が出来ると聞いたような、聞かなかったような…」


双子についての出来る限りの知識を絞る霊夢だったが、
ここでかおりは改まった様子で姉に問いただす。


「そ、そんな事より姉貴!お前やっぱりアイツになんかしたんだろ!?」

「いや、そんな事言われても身に覚えが…」

「嘘言わないの!アンタ、私がそいつをさらった犯人だとか疑った挙句、
人様の神社に勝手に上がり込んで勝手に中のもの触ったでしょう?
その事まだ謝ってもらってないわよ!」

「あ?あぁーそうか…確かにそんな事あった!
いやあ、キョーダイの居場所が分かって早く見付けたいもので、すっかり忘れてた」


そう言ってばつが悪そうな顔をするかおる。
だが、弟の方はと言うと未だビビっている。


「忘れてたじゃねーよ!早く謝れよ!でないと俺達退治されちまう!」

「だから落ち着けって。
ごめん、コイツ妖怪退治している奴が妙に苦手でねえ」

「謝るのはそっちの事じゃないでしょう?」

「…そうでした。えーっと…
とりあえず、疑った挙句神社に上がり込んで申し訳ありませんでした。
今後は気を付けます…ごめんなさい…」


霊夢の言葉に、かおるは割と丁寧に謝りながら、深々と頭を下げ、
霊夢はその姿を黙って見つめている。

そして少しして、かおるはチリリンと髪の鈴を鳴らしながら頭を上げると、
霊夢に問いかける。


「こんな感じで良いか?」

「…ええ、構わないわ。もう二度と今日みたいな事はやめなさい」

「分かった。ほらキョーダイ、もう謝ったから大丈夫だぞ」

「ほ、本当か…?」

「ああ、大丈夫だ。さっきの聞いただろ?」

「そ、そうか…ヘヘ!それなら、もう怖くないぜ!」


そう言ってかおりは、先程まで脅えていたのが嘘のように立ち上がり、
得意げな表情を浮かべ、頭を横に揺らして鈴を鳴らした。


「な、なんだコイツ?」

「危険がなくなると調子に乗るタイプかしら?」

「フフン…イッツ!?」


かおりの態度の変わり様を見て思案する霊夢と魔理沙だったが、
その時かおるが彼の後ろ頭を思い切り叩いた。


「な、何すんだよ!!」

「何すんだじゃない!
かおり、何故急にいなくなった!?
もう、寺のみんな心配して探し回ったんだぞ!!」

「あ…そう言えば、掃除の途中だったっけ…
ワリィ、ちょっと妖精に酷い目に遭わされてさあ…」

「妖精に酷い目に遭わされた?」

「そう言えば、さっきチルノに喧嘩売ってたが、それとなんか関係あるのか?」

「ああ…実はな…」


彼はこれまでのいきさつを語った。
彼は今朝、寺の庭を掃除していたら、
庭に落とし穴が掘られていて、それに気付かず落下、
更に追い討ちを掛けるかのごとく、上から金ダライを落とされてや冷や水を浴びせられた。
何とかして穴から這い出た彼は、目の前で妖精3人が喜んでいる姿を目撃。
その3人を見た彼は、捕まえてとっちめようとするが、
3人も逃げ出した為追跡。
しかし途中で見失ってしまった。

だが、罠に掛けられた挙句取り逃がした悔しさと怒りからストレスを感じ、
何としてでも妖精を叩きのめしたく仕方なくなってしまい、
妖精を探し回った。だが、世間知らずな彼は、
妖精の容姿や種族名しか知らなかった為、何処を探せば良いか分からないでいた。

そこにリグルを見付け―――

ここまで言えば後は分かるであろう。


「なるほどね」

「それで、チルノに喧嘩売ったらやられたと…」

「あぁ…」

「全くバカじゃないか?私がいないと普通の人間並みに弱い癖に」

「それは姉貴も一緒じゃないか?」

「残念、アンタよりは強い」

「嘘言え」

「嘘じゃない!」

「うーそーだ!」

「嘘じゃないつってるだろ!」

「嘘だ!」

「嘘じゃない!」

「嘘だ!」

「嘘言うな!!」

「嘘言ってない!!!」

「ちょっと止めなさいよ!」


姉が弟より強いか否かで喧嘩になり掛ける2人だったが、
そこに霊夢が割って入った。


「姉弟喧嘩ならよそでやりなさい!」

「霊夢の言う通りだ。頼むからここでやるの止めてくれよ」

「チぃッ!しょうがないな…」

「じゃあ、また別の機会にしといてやるよ。それよりも、ほら帰るぞ、キョーダイ!」

「うっせー!俺に命令すんなって!それに、まだ俺を罠にハメた妖精が…」

「そんなの後だよ後!今は寺に帰って、姐御にみっちり叱ってもらえ!」

「はあ!?なんで俺が…」

「何言ってんだ!仕事ほっぽって私ら心配させたんだ!当たり前だろうが!」

「ちぇっ!あの寺では結局言われた事出来ない奴が悪いって言われるのかよ!
ワリィのは罠にハメた妖精なのによ!」

「バカかお前は!仕事場では仕事出来ないと怒られるの当たり前だろが!」

「でもよ…!」


と、このような口喧嘩をしながら、姉弟は飛び去って行った。


「なんだあの2人?仲良いんだか悪いんだか…」

「さあ?どっか行ってくれた以上、もうどうだって良いわよ」

「そうだな。
でも、かおりだっけ?アイツを罠にハメた妖精って誰だったんだろ?」

「3人とか言ってたから、大方"あの3人"でしょう」

「あの3人?…あぁ、三月精」

「ま、そんなのも今はどうでも良いけどね。とにかく、うるさいのも消えたし、もう帰りましょ」

「残念だけど、私はお前ン家に行くぜ。元々遊びに行く予定だったし」

「勝手にしなさいよ」


そして、霊夢と魔理沙も霧の湖から飛び去った。







だが、ここでまだ取り残された人物が約一名―――


「ぷはっ!もう!誰よ、いきなりぶっ飛ばした奴は…!」


それは、かおるに弾き飛ばされたチルノ。
弾き飛ばされて湖の中に落ちてしまったようだ。


「ちくしょー!あたいを怒らせたらどうなるか思い知らせ…あれ?」


と、弾き飛ばした相手に振り向いたチルノだったが、
もう既に双子妖怪も霊夢と魔理沙も立ち去った後で誰もおらず、
取り残されたチルノは静かになった霧の湖の上で、浮遊したまま立ち尽くす事しか出来ないのであった。



終わり...






 

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