「ふわふわふわふわ、お花さ〜ん♪ふわふわふわふわ、お花さ〜ん♪」
日が沈みかけ、もうじき夜が迫る幻想郷の森。
その森を、1人の女の子が小さく、舌足らずな声で歌を歌いながら歩いていた。
その女の子は割と背が高く、黒髪でお姫様カットに似た髪型をしており、
その左側の髪をピンク色のリボンでサイドポニーテール風に纏めていた。
その反対側の髪には黒い目が着いた白い綿毛のような髪飾りを着けており、
更にその顔は茶色い瞳にタレ目がちの特徴のある顔をしていて、肌の色も極めて白に近い肌色であった。
そしてその体には、ピンク色の帯を締め、右胸にヒマワリの花の形をした大きなブローチ、
袖先がギザギザで、その周りも炎を模したような形状のオレンジ色の模様に、
更に裾先にも水面を意識した様なオレンジ色の模様が着いた、赤地の着物を着ており、
足には先に赤いチューリップの花のマークが着いた、白い靴を履いていた。
彼女は、立花小花(たちばなこはな)。この幻想郷に住む妖怪の1人だ。
彼女は今、幻想郷の恒例行事、宴会の会場に向かっている最中なのである。
「んふふふ…今夜は誰が来るかしら?幽香さんや呪之祐君達は来るかしら?来てて欲しいな・・・
今夜は呪之祐君のお酒入れてあげたいし…」
小さく舌足らずな声で独り言のように呟く小花。
だが…
「けっ!なぁにが"呪之祐君のお酒入れてあげたい"だ?」
「っ!?」
唐突に聞こえて来た声に、小花は立ち止まる。
すると、それと同時に目の前に黒い塊のようなものが降りて来ると、その中から1人の少女が姿を現す。
その少女は、常人と同じ濃さの肌色の肌に、カール気味でボリュームのある紫色の長髪で、
その前髪は長く、そして左の上側には先が二股に分かれたアホ毛が生えており、
更に頭頂部、前髪にそれぞれ、文字が描かれた赤いリボンに似たお札が着いていた。
そしてその顔は、右目が前髪に隠れ、やや三白眼気味で、その眼の端には黒く太く長いまつ毛が生え、
内部に横線が入った特徴的な赤い瞳を持った特徴的な顔をしており、
更にその服装は、上着が袖先に赤いフリルが着いた青紫色の長袖の服に、腰には青い炎を纏ったドクロのような布を巻き、
赤いミニスカートに黒いスパッツ、足には黒いブーツと、幻想郷の住人にしてはかなり現代的な格好であった。
彼女は暗闇泉夜子(くらやみのみやこ)。
スペルカードルールを潰し、そして人間を滅ぼそうと企む謎起き妖怪…
その素性は本人すら多く語ろうとせず、謎に包まれている。
そして、実は去年末に幻想入りをして来た、比較的新入りの妖怪だ。
現在彼女は、霊夢に負け、もう悪さをしないと約束している為、比較的大人しくしている。
だが、それでも野望を捨ててはおらず、度々人里の人間にちょっかいを出しに現れる事がある。
そして、その度に人間側の者達に、酷く警戒される。
今回、彼女の目の前にいる小花も、そんな泉夜子を警戒する者の1人である。
「泉夜子さん…何の用?」
ギロリと、警戒の眼差しを向けながら泉夜子に問いかける小花。
その問い掛けに対し、泉夜子はこう答える。
「ああ?何怖い顔してんだよ、ババアが。
私ゃ、別にアンタに下らないお遊び仕掛けに来た訳なんじゃねえや。
妙にババアらしくない格好した婆さんが、妙に少女臭い事言ってるのが気になって、見に来ただけだ」
「そう…それじゃあもう帰ってくれる?私は宴会に行かないといけないから」
皮肉たっぷりの泉夜子の答えに、小花は明らかに不快感を持った顔をしながら答えると、
泉夜子の横を通り抜け、宴会の会場へ行こうとした。
だが…
「待てよババア」
泉夜子はいきなり小花の右腕を掴み、その足を強引に止める。
「放して。早く行かなくちゃいけないから…」
「まあ、そう言わず私の話し聞けや」
「アンタの話しなんか聞きたくないわよ、この影アマァ。
早く行きたいからその手を放して…おまけに痛いし」
「けっ!いっちょ前のババアが腕掴まれてるくらいで、痛い何て言うか?
相変わらず痛いの嫌いなんだな、このガキババア」
「…いい加減にしないと怒るわよ?」
「そりゃこっちの台詞だっつーの!私は貴様に聞きたい事あるんだ。
それさえ聞いてくれれば、この腕放してやるよ」
「そう…分かったわ。それなら聞いて上げましょうか?」
先程まで泉夜子を無視しようとしていたのが一変、割とあっさりと聞き入れる小花。
と言うのも、泉夜子は約束はしっかり守る主義だからである。
ちゃんと彼女の質問を聞けば、それだけ早く右腕を解放してくれるだろうと、判断したのだ。
「最初からそう言えば良いんだよ」
「それで?私に聞きたい事って?」
「ああ…実はな、前々から気になってたんだが…」
「お前、何でいつも宴会なんかに行ってんだ?」
「…え?」
意外な質問内容に、小花はキョトンとした顔をする。
宴会に興味が無い彼女が、このような質問をするとは、思っていなかったからだ。
「どうした?早く答えろ!でないとこの腕へし折るぞ!」
そんな小花の顔を見て、脅しかけるように急かす泉夜子。
いくら再生力が高いとは言え、腕を折られちゃたまったものじゃないし、そもそも痛いのは大嫌いだ。
ここは無難に答えるのが一番だと、小花は判断した。
「色んな人達に会えて楽しいからよ」
「…それだけか?」
「ええ…これだけよ…」
「…………………」
泉夜子は、小花が全てを答えていないんじゃないかと思っているのか、
疑り深そうな顔で小花の顔をジロジロと見る。
そして、しばらくすると自分で納得したのか、ようやく小花の右腕を掴む手を放す。
「ふぅ…痛かった…」
右腕を軽くさすりながら、一言こぼす小花。
そんな彼女の様子を見て、泉夜子は不機嫌そうな顔をする。
「あーあー…また痛いか」
「だって痛かったもの…」
泉夜子の言葉に、そう返す小花。
だが、泉夜子はますます不機嫌そうな顔をした。
「言っとくがなあ、私ゃそんなに痛くなるほど強く握ってないぞ!なのに痛い?
ハン!お痛が嫌いにも程があるっつーの!」
小花を指差しながら怒鳴り散らす泉夜子。
これに小花はまた反論しようとしたが、すぐに泉夜子が表情を変えた為、止めた。
「…まあンなこたどうでも良いや。やっぱテメぇの考え、解せねえなあ…」
「解せない?何が?」
「何で、宴会で色んな人と会えて楽しいかと思えるか、だよ。
あんな人間混じりな行事に混ざって、何処が楽しいんだか…」
理解不能だと言いたげに答える泉夜子。
どうやら、大の人間嫌いの彼女にとって、
人間と仲良く一緒に楽しむ事の何処がいいのかが、全くとして理解できないらしい。
それを聞いた小花は、彼女の疑問に答えるかのように、答える。
「それは私が人間も大好きだからよ。種族は違えど仲良くなっちゃえばみんな同じだから…」
「それが分からねえんだよ。人間なんて、愚かで汚い。見てるだけで不愉快だ」
「あらそう?じゃあ貴女の考えも解せないわね。何故そんなに言うまで人間を嫌うの?」
「人間の味方する奴なんかに教えたかないね!ま、そうじゃなくても話したくないが…ん?」
「あら?」
その時だった。
向こうの方から、白蛇の模様が掛かれた青い着物を着た白髪の小柄な少年と、
ショートボブの金髪に頭に赤いリボンに似たお札、白黒の洋服にロングスカートを身に纏った、
10歳未満かそれ以下の容姿の少女が、両手を広げながら飛んでくる。
地霊殿のさとりのペットの雄蛇妖怪の蛇丸呪之祐(へびまるじゅのすけ)と、泉夜子と同族の妖怪ルーミアだ。
「呪之祐君!どうしてここに?」
やって来た蛇丸の姿を見て、泉夜子に対してツンとしていた表情は一変、
明るく嬉しげな顔をしながら、蛇丸に歩み寄った。
「急にお前を迎えに行きたくなってな、さとりに頼んでここまで来たんだ。それより…」
小花に笑顔を見せた蛇丸だったが、泉夜子の姿を見ると、一瞬の内に鋭い表情で彼女を睨む。
「お前、何故ここにいる?また小花に嫌がらせか?」
「嫌がらせぇ?違うね!何で宴会行ってんのか、聞いてただけだ」
「あらそれだけ?さっき私の腕掴んで"へし折るぞ!"て言ってたじゃない?」
「こら!余計な事言うな、クソババア!」
「ほぉう…?」
だが、小花の言葉を聞いた蛇丸は、蛇特有の鋭い眼光で、泉夜子を睨みながらこう言った。
「貴様、そんな事してたのか…相変わらず悪だな?」
「なんだと、チビヘビ!ンな事言ってたら、皮引ん剥いて蛇皮バッグにするぞおい!」
「やりたければどうぞ?その代わり、呪ってやるぞ?」
「チッ…!貴様も小花もいつもそうだ!お互い何かあったら、脅しかけたり、小花小花、呪之祐君呪之祐君言い合ったり…
あぁー!聞いてて気持ちわりぃ…!」
相変わらず不機嫌な顔で悪態を吐く泉夜子。
そんな彼女に向かって、先程からずっと黙っていたルーミアが口を開く。
「そーかなー?そんな事無いと思うけど?」
「テメェはガキだから分からねえだけだよ!てか、お前なんでいるんだ?!」
「えー?飛んでる貴女を見付けたから、追っかけてきたの。そしたら、ここに来て…」
「なるほど…でも、私なんか追いかけて来て、何考えてるんだ?」
「えー?貴女も宴会来ないのかなーって思って…」
「テメエもしつこいな…私ゃ、人間がいるような行事には参加しねえっつーの!」
「でも、良いお肉いっぱい出るよー…エヘヘ…」
美味しいものを思い出したのか、ルーミアはにんまりとした顔をしながら、口から涎を垂らす。
その姿に泉夜子は半分呆れそうになったが、それでも拒否する姿勢は崩そうとしない。
「それでも行きたくないね。例え行ったとしても、肉だけじゃ満足しねえよ」
「肉だけじゃないよー、お酒もあるよー」
「酒もダメだ!宴会は肉を使った料理とか、酒とかの和食ばっかで、"アレ"が絶対に無い。
私にとっちゃ"アレ"が無いと意味ねーんだよ!」
「えー?"アレ"ってー?」
「え?そ、それは…その…」
"アレ"の事を聞かれると、急に言いにくそうに口ごもる泉夜子。
そんな彼女の様子を見た蛇丸と小花は、お互い顔を見合わせた後、
ニヤリとした表情を浮かべながら、泉夜子に問い詰める。
「ねぇ"アレ"って何の事なの?」
「教えてくれよ?」
「なっ…!なんでテメェらまでそんな事を聞く!?」
「何故聞くかって?それは、気になるからだ」
「ねー、何なのー?教えてよー」
「教えてよ…」
「………………っ!」
"アレ"の正体を聞きだそうと泉夜子に迫る3人。
これに泉夜子は、先程の威勢は何処へやら、たじろぎ、後ずさり冷や汗を垂らす。
そして…
「くっ…!」
泉夜子は左手を振り上げつつ、その場から軽く飛ぶと、
左手から黒い闇の霧を放ち、それを全身に身に纏うと、
それは最初に小花の前に姿を見せた際の黒い塊へと形を変える。
そして、塊へと変化するとほぼ同時に、泉夜子は一目散にその場から飛び去った。
「あ…」
「逃げた…」
「えー、なんでー…?」
同族に逃げられてか、泉夜子の行動を見て、ルーミアは珍しく残念そうな表情を見せる。
「どーして…なんで、泉夜子は宴会したがらないのかなー?何で私達から逃げるのかなー?」
「さあ?アイツの事なんか私は興味無いし…」
「僕も同意見だ。ただ、アイツは…
泉夜子は、人間が隙にならない限りは恐らく宴会に出る気も無いし、私達と深く関わろうとも考えないだろう」
「そーなのかなー?んー…」
またまた珍しく、神妙な面持ちで考えるルーミア。
が、しばらく考えると、いつもの表情に戻ってこう言った。
「まーいっかー。お腹空いたし…さっさと会場に行って、お肉たーべよっと」
そう言うとルーミアは、泉夜子の如く全身に闇の霧を纏い、黒い塊と化すと宴会の会場へ向かって飛び出す…
のだが、泉夜子と違って前が見えておらず、
そこら中に生えている木にぶつかりながら、森の向こうへと姿を消した。
「…大丈夫か?アイツ…」
「多分大丈夫だと思う…」
「しかしいつも思うが、アイツはいったい何を考えているんだろうか?
泉夜子が逃げ出した事を悲しみ、考え出したかと思えば、急に腹減ったと言い出して…」
「あの子は特に深くは考えていないわ。ただ泉夜子さんに同族意識は持ってるみたいだけど…」
「まあ、考えたってしょうがないな。行こうか?小花」
「ええ…呪之祐君…」
そう言うと小花は、いきなり蛇丸の手を握った。
「え?」
異性に手を握られてか、蛇丸は顔を赤くしつつ驚くが、
それを知ってか知らないか、小花は続けるようにこう言った。
「今夜は私が貴方のお酒を次いであげる」
「そ、そうか…そりゃ、楽しみだ」
そんな風な会話を交わしながら、2人は楽しげな顔をしながら宴会の会場に向かって歩いて行く。
だが、そんな2人の姿を心良く思わない者が、上空から覗いていた。
先程逃げたはずの、泉夜子である。
「けっ!ババアと蛇がなぁに仲良さげにしてんだか…全く、胸糞悪い!
小花、次会った時は覚悟しときな。次の下らないお遊びでは、貴様を叩きのめしてやるからよ」
そう言い残すと、泉夜子は宴会の会場と逆方向へと飛び去って行くのであった。
おしまい
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