ここは夕焼けに包まれた幻想郷の迷いの竹林の入り口。
本来は入ったら迷ってしまう故、
余り人が近付かない場所であるが、
そんな竹林の入り口に特徴的な形の青い帽子を被った、少女が1人。
それは、上白沢慧音(かみしらさわけいね)。
今彼女は、寺子屋での教師の仕事を終えて、ここに来ている。
それが今の彼女の日課。
彼女は、仕事が終わった後は必ずこの竹林の入り口に来るようにしている。
何故なら、彼女は毎日ここで"ある人"と会い、今日一日のお互いの出来事を語らっているのだ。
「・・・あ!いたいた」
慧音は目当ての人物を見付け、その者の下に歩み寄る。
そこには、幾つものリボンを着けた銀髪と、
白いカッターシャツと赤いもんぺ、
そしてそのもんぺのポケットに両手を突っ込んだ格好が特徴的な少女が1人。
藤原妹紅(ふじわらのもこう)。
元は貴族生まれの人間であったが、訳あって蓬莱の薬を口にし、不老不死の蓬莱人となった少女。
慧音の大切な人でもある。
そう最近慧音は、仕事が終わるといつも竹林の入り口で妹紅と1日の出来事を話す約束を妹紅としていた。
傍から見れば、そんな事をしてなんになるのか良く分からないかもしれないが、
彼女らにとってはお互いの出来事を話す事により、ストレスの発散にもなるし、
何よりもどんな事をしているのかを知る事により、よりお互いを理解出来るからである。
そして何よりも、慧音と妹紅は愛しき者同士、水入らずの会話ができて幸せなのだ。
だが、今日は違っていた。
「?」
妹紅の近くまで歩み寄った慧音は、何かがおかしい事に気付く。
今の妹紅は、顔がやや打つ向き気味で、表情も雰囲気も何処か暗いのだ。
「も、妹紅?」
「・・・ん?ああ、慧音・・・やっと来たのか・・・」
「え・・・?」
妹紅の言葉に、慧音は一瞬だけ信じられない顔をした。
こんなに近づいていたのに、気付いていなかった?
普段はすぐに気付いて声をかけてくるはずなのに。
それに、何だか声も暗い雰囲気だった。
いったい、妹紅に何が?
「どうしたんだ?いつもの話し、しないのか・・・?」
「え?あ、ああ・・・」
考えている途中、慧音は妹紅に声を掛けられる。
やはりその声はかなり暗い。
やはり慧音はそれが気になったものの、
とりあえずここは無難にいつもどおり、今日の出来事について話す事にした。
だが。
「・・・それで、今日もいつもと同じ生徒が宿題を忘れてきてたんだ。
今日も頭突きでお仕置きしてやったんだが、どうすれば宿題を忘れないようになるんだろう?」
「さあな・・・」
しばらくの間、慧音は妹紅と今日の出来事を話すのだが、
妹紅の方は、慧音の話しに、「うん」や「ああ」など暗くて素っ気無いを返すばかりで、
余り関心が無いような様子であった。
「(おかしいな?いつもなら、笑って色々返してくれるするはずなんだけど・・・)」
やはりその姿に慧音は違和感を感じ、そしてジッと彼女の顔を見る。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・な、なんだよ?!人の顔ジッと見て・・・」
自身が気のある慧音に顔を見つめられて多少照れくさくなったのか、
少しだけ顔を赤くして慧音から顔を背ける妹紅。
そんな事はお構い無しに、慧音は自分の疑問をぶつける。
「妹紅・・・今日のお前、変だぞ?」
「変・・・?そんな事無い・・・」
「いいや、変だ。
さっきから何だか暗いし、私の話しをまともに聞いていないじゃないか」
「だから、そんな事無い。ちゃんと聞いているよ・・・」
「そうか?何だか目も据わってるし、それに今気付いたが何で煙草を吸ってないんだ?」
そう、妹紅は普段ここで待つ時は、必ず煙草を吹かしている。
そしてその度に慧音が注意するのがいつもの事なのだが、今日はその煙草を吸っていないのだ。
蓬莱人故に、病気も寿命も無い彼女が、何の理由も無しに突然煙草を止めるとは考えづらい。
妹紅の事を良く知る慧音は、それが彼女に何かあったものである事がすぐに分かった。
「別に良いだろ?吸ってたら止めろとか言うんだから・・・」
「でも、お前にとってはそれがいつもの事なんじゃないか?それなのに、急に止めるなんておかしいぞ」
「あーあー、分かったよ。そんなに変なら吸えば良いんだろ?吸えば・・・」
「いや、そう言う意味じゃ・・・」
だが、そんな慧音の言葉を無視して、妹紅はポケットから煙草を1本取り出して口にくわえる。
それから、指パッチンのような要領で、右手の人差し指を親指に擦り付ける。
いつもならここで、
マッチ棒の様に妹紅の人差し指の先に小さな火が灯り、それで煙草に火を着けるのだが?
「・・・!」
「?」
何故か火が着かなかった。
妹紅は何度も何度も火を着ける動作を繰り返すが、それでも人差し指に火が灯る事は無かった。
炎を自在に操れる彼女が、火を着けられない。
これは確実に何かあったと、慧音は確信した。
「チッ!今日は調子が悪いみたいだ・・・」
そう言うと妹紅は、くわえていた煙草を口から離すと、ポケットにしまい込む。
それを見計らい、慧音は妹紅に聞く。
「妹紅。お前、本当にどうしたんだ?」
「だから、何も無いって言ってるだろ?」
「いや、そんな事無い。
火を操れるお前が、火を着けられないなんて、明らかにおかしい。
やっぱり、今日は何かあったんだろう?」
「・・・・・・・・・・」
だが、慧音の質問に妹紅は黙り込んでしまった。
「・・・どうしたんだ?こっちはまだ、今日のお前の話しを聞いていないんだ。
だから頼む、何があったか教えてくれ」
「・・・・・・・いやだ」
「え?」
「話したくない・・・」
妹紅の言葉に、慧音は耳を疑った。
話したくない?
今日のお互いの出来事を話すと言う約束ではなかったのではないのか?
「何故?」
「何でもだ・・・」
「それじゃあ、約束が違うぞ?」
「そうだな・・・
でも、今日の出来事だけは話したくないんだ。許してくれ・・・」
申し訳なさそうな顔で答える妹紅は、急に慧音に背を向けると、竹林の奥に足を進め始めた。
「待て!何処へ行く!?」
「もう帰る・・・話す事は無いからな」
「だから待てって!」
慧音はそう言って、妹紅を追いかける。
「何だよ?もうすぐ暗くなる・・・お前もそろそろ帰れ」
「その事なら大丈夫だ。それよりも、まだお前の話を・・・」
「しつこいぞ!話したく無いものは話したくないんだ!!何でも良いからさっさと帰れ!!」
追いかけてくる慧音に対し、妹紅は強く怒鳴りつける。
まさか怒鳴られるとは思ってもいなかったのか、慧音は驚いて一瞬その場で固まってしまう。
その様子を見て、妹紅は少しマズイ事をしたような気分になった。
「・・・・・・・・」
「・・・悪い。いきなり大声出して」
「・・・いや、謝るのはこっちだ。話したくない事を無理に話させようとして・・・」
「そうか。じゃあ、また明日な・・・」
そう言って妹紅は、再び竹林の奥に足を進めようとしたが、
ふと何かを思い出したかのように、立ち止まった。
「あ・・・お前に聞きたい事があったんだった・・・」
「聞きたい事?なんだ?」
「いきなりこんな事を聞くのも、変かもしれないけどさあ・・・」
「慧音は、自分が大切にしてる奴に先に死なれたら、どうするんだ?」
「え?」
予想だにしない質問に慧音は一瞬だけ理解に困った。
いったい妹紅は何を言ってるだろうか?
「・・・どうした?」
「いや・・・何でそんな事を聞くんだろうかって・・・」
「何だって良いだろ?早く答えてくれよ・・・」
気になるところはあるものの、答えを求める妹紅の姿を見て、慧音は正直に答える事にした。
「悲しいに決まっているだろう?」
「悲しい?」
「ああ。自分の掛け替えの無い存在を失う時の悲しさは、凄まじいものだ。
恐らく悲しみの余り、しばらく落ち込んでしまうかもしれない」
「そうか」
「でも、すぐに立ち直るだろう。死んでしまったものは、そう簡単には戻ってこない。
いつまでも引きずっていては、前に進めない。まあ、かと言って忘れるなんて酷い事も出来ないけどな」
「なるほどな・・・」
そう言うと妹紅は、再び竹林の奥へと足を進め始めた。
「あ、ちょっと・・・」
「なあ、慧音・・・」
「な、なんだ?」
「私も大切な人を失ったら、そんな風にしていられるだろうか・・・?」
「え・・・?」
「それじゃあな・・・」
そう言い残すと、妹紅は竹林の奥へ消えていく。
今の慧音は、その姿を見届けることしか出来なかった。
それから夜が更けて。
「これでよしと・・・」
慧音は大きなおにぎりを2つ程、竹の皮に包む。
あれから結局、慧音は妹紅の事が気になり、彼女の家に行く事に決めたのだ。
だが、何も持たずに行くのもどうかと思い、慧音はおにぎりを2つ、
自分の好きな梅干し入りのおにぎりと、妹紅の好きな鮭入りのおにぎりを作って持って行く事にしたのだ。
別に飢えて死ぬ事の無い妹紅の為に、わざわざ飯を作るのもおかしな話ではあるが、
そうでありながら、妹紅は彼女の作るものを「美味しい」と言って、いつも嬉しそうに食べてくれる。
もっとも、飢え死にしない癖にちゃんと腹が空く事があると言うのもあるのだが、
慧音にとっては、自分の作ったものを食べてくれる事が、嬉しくてしょうがないのである。
「そろそろ行くか」
準備を済ました慧音は、おにぎりを包んだ竹の皮を持ち、
家の戸締りを済ませると、そのまままっすぐに竹林に向かって行った。
そしてその最中、慧音はある事を思い出していた。
「そう言えば妹紅の家に行くのは、いつ頃振りだろうか?」
そう思い慧音は自分の記憶を整理する。
確かあれは先週、輝夜との殺し合いをする日の後だった。
あの日の妹紅は調子が悪く、輝夜に復活の許容回数の10回を越える回数分殺されてボロ負け。
そして翌日に全身筋肉痛になって動けなくなってしまい、
わざわざ寺子屋の仕事を休んで、看病してやったのだ。
本人はすぐに治るから大丈夫だと言っていたが、
それでもほっとけなくて、結局治った後も丸1日着きっきりで看病してしまった。
そう言えば、その時料理を作って食べさせてあげたのだが、
その時の恥ずかしそうに顔を赤らめる妹紅の顔が可愛かったのが印象的だった。
「・・・って、割と最近だな」
と、自分で拍子抜けする慧音。
「妹紅・・・」
だが、それと同時に今日の妹紅の事を思い出した。
いつもなら今日1日何があったのか正直に自分に話してくれるはずの妹紅が、
頑なに今日の出来事を話す事を拒んだのは何故なのか?
何故あんな事を聞いたのか?
そして、去り際に言い残した、
「私も大切な人を失ったら、そんな風にしていられるだろうか・・・?」
とはどういう意味なのか?
慧音は思考を巡らせる。
「本当に何があったと言うんだ?まさか、輝夜に何か言われた?それとも・・・」
慧音は考えるに考えた。
だが、こんな所で考えて答えが出るはずが無い。
「とにかく、早く彼女の家に行こう」
そう思い、慧音は妹紅の家へ向かう足を速めた。
それから、しばらく進む事数分。
慧音は迷いの竹林の中にある、妹紅の家の前に到着した。
「さって、着いたが・・・妹紅は何をしているんだろうか?」
彼女の家の玄関を見た所、灯りが着いている様子はなかった。
まさか、寝ている?
慧音は一瞬そう思ったが、
妹紅は死なない身体を持つ自分への自虐として、
ワザと暖を取らない様な人物だ。
もしかしたら違うかもしれない。
とにもかくにも、慧音は中に入ろうと、妹紅の家に足を進めた。
「うぅ・・・・うっぅ・・・・・!」
「・・・?」
彼女の家に近付いた途端、何処からか誰かが泣く声が聞こえた。
これに慧音は、誰かがこの竹林に迷い込んで泣いているものかと思い、
注意深く辺りを見渡すも、それらしき気配は見当たらない。
では、この泣き声の主はいったい?
慧音はそれが気にはしたが、後で妹紅に調べさせれば良いと思い、
ひとまず彼女の家の玄関にまで近付いた。
だが、その時彼女はある異変に気付く。
「うっうぅ・・・・うう・・・・!」
「ん?こ、これは・・・?」
突然、泣き声が大きくなったのである。
しかも耳を凝らして聞いてみると、
その声は妹紅の家の方から聞こえているような気がした。
「妹紅の家から泣き声?そんなまさか・・・」
慧音はそれが信じられなかったが、泣き声は妹紅の家から聞こえて来る。
その為慧音は、玄関の戸に耳を当ててみる。
すると、その向こうからはっきりと誰かの泣き声が聞こえて来た。
「これは、いったいどう言う事だ・・・?」
何故妹紅の家の中から泣き声が?
自分どころか、誰も予想だにしなかったであろう事態に慧音はますます信じられない様子だ。
「とにかく、正体を確かめないと・・・」
そう思った慧音は、玄関の戸を音を立てないようにゆっくりと開ける。
すると、彼女の目の前に、信じられない光景が飛び込んできた。
「・・・え!?」
「うう・・・うっう・・・・!!」
何とそこには、寝床の上でうつ伏せ状態で枕に自分の顔を埋めながら泣いている、妹紅の姿があったのだ。
「も、妹紅・・・?」
その姿を見て慧音は唖然とした。
男勝りで少々柄が悪くて気が強く、普段は涙1つ見せない妹紅が泣いているのだから、当然だ。
それと同時に、彼女はこう思った。
ひょっとして彼女は、
人前で弱みを見せない為、泣きたい事があったら、こんな風に1人になった時に泣いているのだろうか?
だとすれば、少し悲しい。
泣きたければ、その場でちゃんと泣けば良いのに。
特に私の前では。
なんて、考えている場合じゃない。
妹紅がここで泣いていると言う事は、泣きたいほどの何かがあったのだろう。
だが、慧音には何が妹紅を泣かせているのか、見当がつかない。
やはりここは本人から聞き出すのが一番だろう。
「も、妹紅?」
慧音は靴を脱いで家に上がると、
恐る恐る泣いている妹紅に近付き声を掛けるが、
自身の泣く声のせいでこちらの声が聞こえていないのか、
妹紅は泣き続けるばかりで、全く反応しない。
「妹紅、妹紅!」
「・・・!?」
それを見た慧音は、今度は少し大きい声で尚且つ妹紅の体を揺すると、
さすがにこれには気付いたらしく、妹紅はガバっと起き上がる。
そして、その顔を見ると、彼女の顔は涙で濡れており、
長い間泣いていたのか、目も若干赤くなっていた。
「けけ・・・慧音!?」
それから、自分に声を掛けた相手が慧音だと気付くと、
妹紅は泣いた直後の為か、鼻声混じりで驚きの声をあげる。
「な、なんでお前がいるんだよ・・・!?」
「お前の様子が変だったから、心配で何があったのか確かめに来たんだ」
「そ、そんな事かよ・・・あの時言っただろ?話したくないって・・・」
「それでも気になるんだ。
いつもは強気なお前が、何故泣くほどにまで落ち込んでいたのかが・・・」
「・・・・・・・・・」
慧音のその言葉に、妹紅はそのまま黙り込んでしまった。
「そんなにすぐに話したくないなら、それでも構わない。
だが、何があったかを話してくれるまで帰らないからな」
「そんな・・・」
「お前に拒否権はない。私がそう決めた以上、そうさせてもらう。分かったな?」
「はあ・・・しょうがないな・・・」
頑固な慧音の事だから何を言っても無駄だろうと分かっているのか、
妹紅は渋々ながら彼女の言うとおりにする事にした。
「ありがとう。それよりも、腹が減っただろう?おにぎりを作って来たから、一緒に食べよう」
「あ、ああ・・・」
慧音はそう言って妹紅の隣に座ると、
例のおにぎり2つを包んだ竹の皮を開き、
そして鮭おにぎりを妹紅に渡し、
自身も梅干おにぎりを手に取り、2人で食べ始める。
「あ、コレ私の好きな鮭の・・・」
「ああ。お前の為腕によりを掛けて作ったのだが、どうだ?」
「美味しい。やっぱり慧音の作る料理は美味しいよ・・・」
笑顔でそう答えた妹紅だったが、すぐにその表情は悲しげなものに変わる。
「どうした?」
「・・・・・・・・」
その時だった。
突然妹紅はおにぎりを持っていない方の手で、
同じくおにぎりを持っていない方の慧音の手を掴む。
それから次は、自らの顔を慧音の顔のすぐ近くまで近付けた。
「え・・・?!」
いきなりの妹紅の行為と彼女の顔が物凄く近く、
それも後1歩の所でお互いの唇が触れそうな距離まで近づいてきたもので、
慧音は驚きと同時に恥ずかしくなって顔を赤く染めた。
「・・・可愛いな」
そんな慧音の顔を見て、そうこぼす妹紅。
だが、言葉とは裏腹にその顔は余り笑っておらず、相変わらず暗いままである。
「も、妹紅・・・?」
ふと、頬に何かが当てられたような感じがして見てみると、
そこには先程自身の手を握っていた妹紅の手が添えられていた。
そして、妹紅はその手で慧音の頬を優しく撫でながら、こう言った。
「暖かい・・・肌触りも良い・・・
この感触も、このおにぎりの味も、
そしてさっきのお前の顔も、いつかは無くなってしまうんだな・・・」
妹紅の目から、またしても一筋の涙がこぼれた。
「妹紅・・・?」
「悪い・・・変な事言ってしまったな」
そう言って妹紅は涙を拭って、慧音から離れると鮭おにぎりを引き続き食べ始める。
その姿を見て、慧音はこう言った。
「お前、今日は本当に変だな・・・」
「別に・・・」
それからしばらくして、2人はお互いのおにぎりを全て平らげた。
「ふぅ、ごちそうさま・・・」
「・・・よし。
それじゃあ腹ごしらえが済んだところで、妹紅。
今日何があったか聞かせてもらおうか?」
「やっぱり話さないと駄目か・・・?」
「言っただろ?何があったかを話してくれるまでは帰らないと」
「・・・・・・・」
慧音に言われ、妹紅はしばらく考え込む。
そして考えるに考えた末、何やら根負けした様子で答えた。
「はあ・・・分かったよ。そこまで言うんなら、話してやるよ」
「やっとその気になったか」
「まあな。でも・・・」
と、またしても妹紅の顔が暗くなる。
「どうした?」
「お前に話しても、なんにもならないと思う・・・」
「そんなの言ってみなくちゃ分からないだろ?」
「さて・・・そうかな?」
「随分な自信だな。早く聞かせて欲しいものだ」
「分かった」
そうして妹紅は、今日の出来事を語りだした。
それは、今日の昼過ぎの頃。
妹紅が迷いの竹林の中を回っていたら、
妖怪の老人が1人迷い込んでいるのを見付けた。
その老人は自他共に認めるほどボケな爺さんで、
道を間違えて竹林に入ってしまったとの事だった。
無論、妹紅はいつも通りその老人を出口まで送ってあげた訳だが、
何だか危なっかしかった為、結局彼を目的地まで同行することにした。
それから、彼と共に目的地に着いてみると、そこには墓が1つあった。
何でもその妖怪の老人は、
昔人間の女性を妻に持っていて幸せに暮らしていたのだが、寿命差で先に死んでしまった。
そして、今日が丁度その命日であり、老人はその墓参りをしに来たのだと言う。
それを聞いて妹紅は、奥さんに先立たれて悲しくないのかどうか聞くと、
老人は「悲しくないと言えば嘘になる。だけど、悲しんだところで妻は帰って来ない。
それに、もう妖怪としての人生は十分過ごしたからこの世に未練は無い。
そろそろ自分も寿命が尽きて、妻のところへ行けるから構わない」と満足げに答えた。
そして、その言葉が妹紅の心に突き刺さったらしい。
妖怪は寿命が人間より遥かに長いだけで、いずれは死ぬ。
そうすれば、寿命で死んだ人の所へと逝ける。
だが、それに対して蓬莱人となり、老いる事も死ぬことも無くなった自分は、それが出来ない。
慧音が寿命で死んでしまっても、自分は死んだ慧音の所へ逝けない。
だから遠い未来、
数少ない理解者の慧音との寿命の差による永遠の別れが必ず来るであろうと考えると、
辛くなってしまったらしい。
「なるほどな・・・だからあの時あんな事を聞いたり、泣いてたりしていたのか?」
「ああ。慧音・・・お前は、私の数少ない理解者で大切な人だ。
そんなお前と二度と会えない日が来ると思うと、私はどうなってしまうのか心配で・・・」
「ふむ。確かに私にはどうにも出来ない話しだな」
「だろう?だから話したくなかったんだ」
「・・・・・・・・・」
それを聞いた慧音は、しばらく黙って考える。
そしてこう答えた。
「大丈夫だ妹紅。例え私がいなくなっても、お前は生きていける」
「慧音・・・でも、私は・・・」
「確かに不安はあるかもかもしれないが、大丈夫だ。
それにお前には、自分の暇を潰せる相手がいるじゃないか」
「輝夜の事か?でも・・・」
「大丈夫だ。輝夜も輝夜で、殺し合いが出来るお前にいなくなられては困ると思っているはずだ。
そう簡単に月に帰ったりはしないと思う」
「そうじゃない。アイツだけがいても意味が無いんだ。お前もいてくれないと・・・」
「だが、それは叶わぬ願いだ」
「分かっている。でも私は・・・私は・・・」
そう言う妹紅の目から、またしても一筋の涙がこぼれる。
「私は嫌だ・・・お前がいなくなるのは・・・私はそれが怖い・・・!」
「妹紅、でもそれはまだ先の話しだろ?」
「そうだ!だが、いずれ必ずやって来る!お前とずっと一緒にいたいんだ!」
「無理を言うな。私はずっと一緒にいてやれない。だから・・・」
慧音は涙を流す妹紅を優しく抱きしめ、そしてこう言った。
「その時が来るまで、ずっとお前といるつもりだ。お前にしてやれる事は何だってする。
それに、お前には私の分までずっと生きて欲しい。
お前は、恐らくこの先忘れられるかもしれない私の存在を永遠に知る、唯一の存在だから・・・」
「え・・・?」
慧音の言葉に一瞬だけ表情を緩める妹紅。
だが。
「え!?」
妹紅はすぐに表情を変えると、抱きしめる慧音を押しのけた。
いきなり後ろに押し出された慧音は、転ばぬよう体勢を立て直し、
それと同時に信じられないような顔をする。
だが、それを知ってか知らないか、妹紅はこう言い放った。
「そんなので慰めてるつもりなのか・・・?」
「え?」
「私はお前が死んだ後、ちゃんと死んでお前の所へ逝きたい。
お前とずっと一緒にいたいと言っているだろう?」
「まだそんな事を言うか?お前には無理だ」
「ああそうさ、私には無理だ!私はそれが嫌なんだよ!」
妹紅はそう強く言い放つと、
もんぺのポケットに両手を突っ込み慧音に背を向けると、
そのままドスンと音を立てながら胡坐をかいて座り込み、更にこう続けた。
「慧音・・・お前は私の良き理解者だと評価はしている。
でも、蓬莱人でも無いお前に、
死にたくても死ねない奴が大切な人に永遠に置き去りにされるのが、
どんなに辛く悲しい事なのか、理解できる訳が無い!!」
「そ、そんな事無い!私はお前の事を十分理解している」
「へえ、そうか?
そこまで言うんなら、どうすれば死ねない私が悲しまずに済むか教えてくれよ!?」
そう言って妹紅は、顔だけを慧音に向けてそして、
涙が溜まったままの鋭い目でキッと彼女を睨んで問い掛けた。
「・・・・・・・・・」
そんな彼女の問い掛けに、慧音は答えたい気持ちはあった。
だが、今の彼女には答えが見付からず、何も言えなかった。
その姿を見た妹紅は、再び顔を後ろに向けてこう言った。
「ほらな、答えられないじゃねえか。
それにお前さっき自分で言ったよな?
"私にはどうにも出来ない話し"だって」
「そ、そうだが・・・」
「だったら自分で解決も出来ない様な事に、首を突っ込むんじゃねえよ。迷惑だ」
「なんだと!?」
妹紅の言葉に、慧音はカチンときた。
「妹紅・・・私はお前が心配だから言っているのに!
それに、自分で話しておいて首を突っ込むなとはどういう事だ!?」
「私が何で落ち込んでるのか知りたいとか言って、私に話す事を強要したのはお前だろ?」
「違う!」
「何が違うだ!私が話すまで帰らないとか言った癖に!」
「・・・・!」
と、妹紅に痛い所を突かれ、さすがの慧音も言い返せなくなってしまった。
「・・・お前が心配してくれるのは嬉しく無い訳じゃない。
だが、今回のお前のやっている事は、余計なお世話だ」
「妹紅・・・」
「慧音・・・帰ってくれ。こんな事を話してたら、お前の顔を見たくなくなった」
「妹紅・・・でも、私は・・・」
「聞こえなかったのか!?早く帰れ!!」
「・・・・・」
半ば投げやりに言い放つ妹紅に、慧音は反論したかったものの、
今の彼女の様子を見て何を言っても、恐らく無駄であろうと悟った。
「分かった。それじゃあまた明日・・・」
「またな・・・当分お前の顔は見たくないが・・・」
「・・・・・・・」
最後の妹紅の言葉に、慧音は複雑そうな表情を浮かべて妹紅の家を後にした。
だが、それでも妹紅は慧音に背を向けたままで、彼女を見送る素振りは一切見せなかった。
「妹紅のバカ・・・!」
妹紅の家から出て、しばらく離れた所でそうこぼす慧音。
「私は・・・私は少しでもお前を楽にしてあげようと思って言ったのに・・・うぅ・・・!」
そう言う慧音の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。
それは、自分の意見を受け入れてくれなかった事への悲しみと、
彼女の心を救ってやれなかった、自分の無力さに対する悔しさが混ざったものであった。
「妹紅・・・いったいどうしたら良いんだ・・・?
どうすれば・・・お前は納得してくれるんだ・・・?」
夜空に向かって慧音は呟く。
しかし、1人呟いた所で答えなど出るはずがなかった。
「・・・・・・・・」
慧音が出て行った後の妹紅の方はと言うと、
いつの間にか台所に移動しており、その場で立ち尽くしていた。
そして、その手には彼女が自分で料理を作る際に使用している包丁を握っていた。
そして。
「うっぐ・・・!」
彼女はその包丁で自らの胸をひと突きにした。
すると、それは彼女の心臓を貫き、
その中にある大量の真っ赤な血が大量に噴き出す。
それと同時に、意識を失ってしまうほどの強烈な激痛が妹紅を襲う。
もしも普通の人間ならここで即死なのだが、
不死身の蓬莱人である妹紅にとっては、ただ痛いだけに過ぎなかった。
それから妹紅は包丁を自身の胸から引き抜くと、
それと同時に彼女が胸に刺した傷が消え、心臓も元に戻る。
蓬莱人特有の再生能力である。
「くっ・・・!」
だが、これを見て妹紅は納得がいかない顔をすると、
再び包丁で心臓をひと突きにする。
しかし結果はさっきと同じで、
出血と共に痛みを感じるだけで死ななかった。
それでも妹紅は、何度も何度も自分の胸を刺し続けるが、やはり結果は変わらない。
そして、自身の胸を滅多刺しにしていく内に、
妹紅の手や服は自身の血で汚れ、
彼女が手に持つ包丁も台所も血で真っ赤に染まって行った。
それと同時に、妹紅の目から涙がこぼれ始める。
「くそぉ!!」
そして刺せども刺せども死なない自分に嫌気が指し、
妹紅は持っていた包丁を床に叩き付けた。
「何故だ・・・何故私は死ねないんだ!?
アイツは・・・慧音はいつか死ぬのに・・・なんで私は・・・!」
家全体に響き渡らんと言わんばかりの大声で叫ぶ妹紅。
今彼女は、自分が蓬莱人になった事を後悔している。
1300年程前、自分の父親に恥をかかせた輝夜への嫌がらせの為、
彼女が大切な人に残した、薬を嫌がらせ目的の為に奪い取ろうとした。
だが、その薬が不老不死になれる蓬莱の薬だと言う事を聞かされて魔が刺し、
蓬莱の薬を口にして老いる事も死ぬ事も無い体を手に入れた。
それから、成長しないために人間に嫌われる身を隠して悲しく生き、
世を恨んで目に着くものを退治しまくり、
挙句の果てにはそれすら物足りなくなってやる気を無くし、
アテもなくふら付いている内にいつの間にやら結界を乗り越えて、幻想郷に流れ着いた。
だが、そこで輝夜と再会。
始めは父に恥をかかせた恨みを晴らそうと襲いかかったが、
彼女も自分が飲んだものと同じ薬を飲んで不老不死になっていた事を知ると、
憎しみが完全に消えるほどではなかったものの、彼女には共感するものを感じ、
そして今や彼女は自分の一番の殺し合い友達にまで発展。
同時に彼女との殺し合いに、人生の楽しみを感じるようになった。
それから、不老不死である自分を恐れない幻想郷の人間達や、
自分の過去に共感し、親身になってくれる慧音と出会い、触れ合って行く内に、
彼女はこの世界で生きる希望を見出した。
しかし、それでも彼女は死んでも死なないこの体に不満が無くなった訳じゃ無かった。
蓬莱人故に、彼女は死なない。
そのおかげで、輝夜との楽しい殺し合いも出来る。
だが、それはそれで残酷な事。
彼女のような不老不死の者は、
慧音のような寿命を持った者に必然的に先立たれる。
誰かに永遠に置いて行かれる悲しみや辛さを、
何度もこの身に受けねばならないのだ。
しかも絶対死なない故に、それは絶対に終わらない。
永遠の悲しみと辛さになって、一生彼女に纏わりつくのだ。
妹紅は、それが嫌でしょうがないのだ。
自分の愛する慧音がいなくなる事が。
もっとも、そんな蓬莱人にならなければ、
今の自分も無ければ、慧音に出会う事も無かったのが何とも皮肉な話であるが。
「うぅ・・・ぐす・・・・ちくしょう・・・・!」
涙を流しながら、その場に座り込む妹紅。
そして彼女は、自分を罵った。
「バカだ・・・・私は大馬鹿者だ!!何で・・・なんであんな薬何か飲んでいしまったんだ!
あれさえ飲まなければ・・・私は・・・私は・・・・・!!
う・・・・うわああああああああああああああああああああ!!!!」
自分に対する怒りと悲しみを堪え切れなくなり、妹紅は大きく泣き叫んだ。
そして、その声は一晩中竹林の中に響き渡ったと言う。
オチ?そんなの無いよ・・・
|