「ねえお姉ちゃん、大丈夫なのかな?」
地霊殿のリビングにて、
紅茶をたしなむ姉のさとりに問いかけるこいし。
脈絡も無い妹の問いに、さとりは「何が大丈夫なの?」と聞き返す。
「あの子達、本当に私の事忘れないのかな?って」
「あの子達?
…あぁ、レミリアの妹と命蓮寺の妖怪?
大丈夫よ、フランは貴女の事を気に入ってるみたいだし、
もう1人も大丈夫よ。貴女、最近あのお寺に入門したのでしょう?
前より接する機会も多いだろうから、嫌でも覚えてもらえ…」
「違うよ!そっちの子達じゃないよ!ほら、この前会った他の世界の子達だよ!」
さとりの発言を遮るようにこいしが言う。
それを聞いて、さとりはハッと思い出した。
それは、ひょんな事から飛ばされてしまった、幻想郷とは別の世界の出来事―――
妹を人質に取られ、世界の為に戦う者達と対峙した事―――
自分達を恐れず、孫として接してくれた、天才発明家の事―――
そしてそんな者達が教えてくれた、
愛される事への喜びと心を開いてくれた妹の姿―――
さとりはあの時の事を忘れはしていない。
彼からもらったペンダントも、未だ持っている。
そして、こいしに友達が出来た事も覚えていた。
「大丈夫よこいし。
あの子達が貴女を忘れないと言っていたのは、本気よ。
心を読める私には分かるわ。
あそこまで本気で考えておいて、忘れるなんて薄情な事は絶対しないと思うわ」
「本当かな?」
優しくこいしに語りかけるさとり。
だが、こいしは疑問を口にする―――いや、何かを心配しているようだ。
「あら?お姉ちゃんの言う事が信用出来ないの?」
「そうじゃないよ。でもね、あの子達子供だったじゃない。
もしかしたら、大人になったら私の事が見えなくなったり、
私の事忘れちゃったりしないかな…って」
「…ああ」
その言葉を聞いて、さとりは納得した。
こいしは無意識を操る程度の能力を開花させてからと言うもの、
子供には見えて、大人には見えなくなってしまう―――
なんてケースが多発した。
まあ、こいし自身はノリで遊びに加わった程度で、
大したコミュニケーションも取らなければ、
相手も何処かおかしいとして、友達になろうともしなかったそうだが―――
にも関わらず、その子供達は今やこいしの存在が見えなくなったどころか、
記憶からも消えてしまっている。
それは、無意識を操る程度の能力の影響で、
彼女の存在が薄く、架空の物に近くなってしまった証。
故に、架空の物を信じる無垢で純粋な心を持つ子供には見えるのだ。
この性質のお陰でさとりと接触して、
やっとこいしの存在を確認できたと言い出すものまで出てくるくらいだ。
恐らく、こいしは自分の能力の性質のせいで、
彼らが大人になった頃に自分の存在を忘れ、
見えなくなってしまうのではないかと心配なのかもしれない。
そこまで察すると、さとりは口を開く。
「貴女が不安を感じるなんて、珍しいわね。
少しずつ変わってきているのが、良く分かるわ」
「そんなのどうでも良い。ねえお姉ちゃん、答えてよ。本当に大丈夫なの?」
訴えかけるこいし。
その表情は不安を帯びていた。
珍しい―――
心を閉ざして(何処かの誰かは閉じていると言うより空にしていると解釈しているようだが、
さとりはそうは思っていない)からと言うもの、
表情を変化させる事がほぼ無かっただけに、実に意外だ。
否、これが普通のはずだ。
なのに珍しいものに見えてしまうのは、
何だかんだで現在のこいしの振る舞いに慣れてしまったのだとさとりは思いながら、
彼女の側まで歩み寄り、そして目線を合わせて答えた。
「大丈夫よこいし。
貴女は自分で彼らに言ってたじゃない、
"ずっとずっと、貴方達の友達だから"って。
貴女が彼らとずっと友達だって思っている限り、絶対に忘れたりしないわ」
「お姉ちゃん…本当?」
「ええ…だから、自分に自信を持ちなさい。
でないと、本当に忘れられちゃうわよ?」
「…うん!そだね。
私も、あの子達の事忘れないようにしなくっちゃ!」
グッと元気なポーズを取るこいし。
その表情から心配の2文字は消え去っている様子であった。
「その意気よ。私も、あの人の事も忘れないようにしないと…」
「あれ?別にお姉ちゃんは誰かの事を忘れても、問題無い事ない?」
「こいし、私はあの人のお世話になったの。
なのに忘れたりしたら普通に失礼でしょう?
それに…」
「分かってるよ。私達にとってのお爺ちゃんでしょ?」
「こいし、貴女分かってて言ったわね?」
「ん〜、どうかなあ?」
「(はぁ…この子は本当何を考えてるのかしら?
この辺相変わらず苦手だわ…)」
心の中で思わずうな垂れるさとり。
同時に、自分は随分と読心に依存しているのだなと、
痛感させられてしまう。
「でさお姉ちゃん、1つお願い聞いても良い?」
と、こいしは姉に何かを頼もうとまた口を開く。
「なあに?」
「お姉ちゃんもさ、こいしに事忘れないでよね?
心の中から消さないでよね?」
「こいし…」
妹の切実な願い―――
周りは自分とこいしはいつも一緒にいるように見ている。
でも、実は少し違う。
心を閉じ、心を空にしたこいしは、
心を読む事で視認するさとりからは、本来見えない存在である。
だが、今日まで姉は妹の存在を心から消す事は無かった。
だから、ずっとこいしの姿も見えていたし、
彼女も安心して自分着いて来れた。
この世にたった1人残された肉親を忘れるなど、出来るはずが無い。
それはこいしも同じなはずだ。
唯一の肉親である自分を見て欲しい―――
そして忘れないで欲しいと―――
自分も姉の事を忘れないと―――
きっとそう思っているはずだ。
姉妹だけに、この辺は心を読まないでもさとりには理解できた。
ならば答えは唯一つ―――
「ええ。例えどんな事があろうと、
貴女を心から消そうなんて思わないわ。
貴女はこの地上に残されたたった1人の私と同じ血を持つ妹…
この身が滅びても永遠に忘れないわ。
だから、こいしも私の事を絶対忘れないで…
私の事をずっと意識して見てて…」
「お姉ちゃん…」
予想以上に大きな答えだったのだろうか?
こいしは若干目を丸くした。
一方で、何処か陰りが見えていたのだが、
さとりは全く気付かなかった。
「うん…ありがとう、お姉ちゃん!
これからも、お姉ちゃんの事見てあげるから、
お姉ちゃんもこいしの事ちゃんと見えるよう、
これからもずっと意識してね!
だから…」
すぐに嬉しげな顔をするこいしは、
突如、何か含むような口調で帽子に手を掛けると、
勢い良く取り捨てる。
すると―――
「この格好も、しーっかり心に焼き付けてよね?」
最後に「にゃ〜ん」と猫の鳴き真似を付け加え、
猫のポーズをするこいし。
帽子を取った彼女の頭には、本来無いはずのものがあった。
それは、黒くて三角形の耳―――
何処からどう見ても猫の耳にしか見えないものであった。
「………」
その姿に唖然としてしまうさとり。
だが、すぐに持ち直す。
「お、オホン!こいし…
それはいったいどうしたのかしら?」
「あれ?分からない?ネコミミだよネコミミ。可愛いでしょ?」
「そんな事分かってるわ。
私が聞いてるのは、そんなものを着けていったい何を考えているのかよ。
だいたい、何処でそんなものを…」
「何だって良いじゃない。
ほら、お姉ちゃんもお揃いの着けてあげるからさ、
お姉ちゃんも猫になりきろうよ」
「ダメよ。貴女が何を企んでるのか教えてくれるまで、して…」
「そんな事言ってる間にもう着けちゃったよ〜♪」
「えっ!?嘘っ!?」
こいしの言う事にさとりは慌てて頭を触る。
すると、いつも着けているヘアバンドの代わりに、
こいしが着けているのと全く同じネコミミが着けられていた。
「こいし、貴女はまた能力を使って…!」
「ささ、お姉ちゃん、私とお揃いになったんだから、一緒に猫になってみよ。
ほら、にゃ〜ん」
姉の声など無視して、こいしは猫の声真似をして猫のポーズをする。
「はぁ…」と溜め息を吐くさとり。
こうなると妹はもう止まらない事は、長年の付き合いで分かっていた。
なので、さとりは仕方なく妹の言う通りにする事に決める。
「にゃ…にゃーん…」
猫の声真似と共に、ポーズを取るさとり。
乗り気でない為か、かなりぎこちない。
「お姉ちゃん、それじゃダメだよぉ。ほら、こんな風にもっと自然に…にゃ〜ん」
「にゃ…にゃぁ…にゃ〜ん…!」
妹に指摘されるさとり。
この際ヤケだと言わんばかりに、
さとりは恥ずかしさで顔を赤くしながら、
思い切ってこいしの動作、声の上げ方を真似する。
「アハハ!そうそう!お姉ちゃん、やれば出来るじゃない!エヘヘ、可愛い!」
嬉しげにギュっと姉を抱きしめるこいし。
さとりは「はいはい…」と言いたげに抱き返し、頭を撫でる。
その際、彼女はこう思った。
恐らくこれから先も、このようなこいしの行動は苦手なままだろうと―――
そして―――
「お燐、いるのは分かってるわよ」
「え?」
物陰に向かって声を掛けるさとり。
するとそこから、「申し訳ありません…」と謝りながら、
人型のお燐が姿を現す。
「ああ、お燐。いつからいたの?」
「たった今です。丁度怨霊の管理もひと段落したので、知らせに来ようかと…」
「毎度ご苦労さま。
それで、何をしていたのか気になってるようだけど、気にしないで頂戴。
何でもな…」
「よかった〜丁度良い所に来てくれたね、お燐。
実は今ね、貴女達ともっと仲良くなる為に、
お姉ちゃんと一緒に猫ちゃんに成り切る練習してたの」
「こ、こいし…!」
「またこの子はややこしくなりそうな事を…!」
さとりは内心そう思ったが、もう後の祭り。
こいしの一言にお燐は完全に気になってしまい、
「本当なのか?」と真相を求める声をさとりの第三の目に送っていた。
「お燐、違うわよ。私はこいしに無理矢理やらされて…」
「違うよ。お姉ちゃんは私や貴女達の為に、一緒に練習してくれてたんだよ」
「違うわよお燐。
私が無理矢理こいしに猫に成り切る練習をさせられたの。
騙されないで」
「またまたぁ、違うよ。
お姉ちゃんは本気で一緒に練習してくれるようになったんだからね。
私が無理矢理やらせたなんて言うのも嘘だからね」
「違うわよお燐。混乱してるみたいだけど、絶対違うから」
「それこそ絶対違うよ。お姉ちゃんはね…」
「あ?あ?あぁぁ…えっと、そのぉ…」
目の前で互いの言い分を否定し合う古明地姉妹。
無論、正しいのはさとりの言い分なのだが、
そんな事など知らないお燐は、答えに困りアタフタするしかなく、
心の中で悲痛な叫びを上げる。
「(蛇丸ー!助けてー!!)」
〜おまけ〜
「ミスティアー、ギターの調子どうですー?」
「良いわよ」
幻想郷の何処かにある小屋にいる、
イカした首輪とサングラスを掛けた犬の耳と尻尾を生やした妖怪山彦の幽谷響子は、
同じような格好をした夜雀の妖怪少女ミスティア・ローレライに聞き、
ミスティアは調整中のギターの調子が良好である事を伝える。
今夜は彼女らの結成したパンク・バンド、
鳥獣伎楽のゲリラライブの日であり、
2人はその準備を進めているのだ。
だがそこに、1人の少年がいきなり入って来る
「お邪魔する。鳥獣伎楽の小屋はここか?」
「あ、こんにちはー!いや、もうこんばんはー?と言うか、誰ですかー?」
入って来た少年は初めて見る顔のようで、
響子は元気の良い挨拶のついでに質問。
一方、ミスティアは少年に見覚えがあるのか、親しい人が来た様な感じにこう言った。
「あら?さとりン所の蛇丸じゃないの。何でここに?」
「いやあ、近頃愚痴や爆音を鳴り響かせるパンク・バンドがあると聞いてな。
ちょっと気になって来たんだ」
「ば、爆音ですって!?
違うわよ、アレは立派なパンク・ロックよパンク・ロック!失礼しちゃうわ!」
「…すまん。別にバカにするつもりじゃなかったんだが…」
「と言うか、ミスティアの知り合いなんですかー?」
「まあな、宴会で会った事があるんだ。
かく言うお前は、ボーカル担当の幽谷響子…か?」
「はーいそうでーす!」
蛇丸に聞かれ、響子は元気良く手を上げて答えた。
「やっぱり、お前がそうか。
なるほど…その威勢の良い声…
噂通り、騒音化するほどの愚痴を叫べるのも納得が行く」
「あ!愚痴を叫んでるのはその通りですけど、騒音になるほど叫んでません!」
「そ、そうか…」br>
やかましくしていないと否定する響子に、
蛇丸は「コイツら、自分達がやかましくしてる自覚が無いのか?」と思う。
そんな彼に、ミスティアは声を掛ける。
「そんな事より、私らのパンク・ロックが気になるのなら、
もうちょっと日が暮れてからにしてくれないかしら?
今はまだ準備中なのよ」
「いや、別にライブを聴きたいと言う訳じゃないんだ。
噂を聞いてると、お前達がちょっと羨ましいと思ってな…」
「羨ましい?何がですか?」
「夜な夜な不満を吐き出せるからだ。
俺はな、こう見えて不満を大量に溜め込んでる。
だから吐きたい。だが、俺はどうも普通に吐くよりも、
大声で吐き捨てる方が、スッキリするタチだ。
でも、地霊殿じゃそんな事出来ないし、小花に相談するのも気が引ける。
これほどまでヘビーな物は無い。
だが、お前達…
特に響子、思う存分に愚痴を吐き出せるお前が羨ましいんだ」
「なるほど。それで私達に会ってみたいと?」
響子の言葉に、蛇丸は無言で頷いた。
「なるほど、じゃあこんなのはどうかしら?」
それを聞いていたミスティアは、
何かを思い付いたかのように近くにある引き出しから、あるものを取り出す。
それはマイクであった。
「それは確か…マイクだったな」
「ええ。元々ボーカル役に使う予定だったんだけど、
響子はコレいらずだったから、使わずに置いといたの」
「なるほど…で?そいつで僕に何をしろと?」
「分からない?コイツ使って、アンタの愚痴、大声で吐いちゃいなさいよ」
「それでか?」
「ええ。アンタ的には大声で吐いちゃった方が、
スッキリするんでしょう?」
「そうだ」
「じゃあ吐いちゃいなさいよ。ほらほら…」
これでもかと言わんばかりに、蛇丸にマイクを突き付けるミスティア。
それを見た蛇丸は「じゃあ、お言葉に甘えて…」と言って、
マイクを手に取る。
そして、マイクの電源を入れ、ちゃんと入ったかどうか確かめた後、
叫ぶ為に大きく息を吸い―――
「地底と地上の奴らの馬鹿やろーう!!!!
テメエらのせいでどれだけさとりとこいしが苦しんでると思ってるんだあぁー!!!!
アイツらもアイツらなりに仲良くしようと考えて、努力してるんだぞオラァー!!!!
それが分からねえならテメエら全員死んじまえクソがぁ!!呪い殺すぞオラああぁぁ!!!!」
自分の中に溜まっている不満を解き放った。
「「!!」」
余りにも殺伐とした内容の愚痴に、2人は目を丸くする。
「はぁ…はぁ…す、スッキリした…ほら、返すぞ…」
そんな2人をよそに、愚痴を吐き終えた蛇丸は、
息を切らしながら、ミスティアにマイクを返す。
「あ…ど、どうも…」
「さて…そろそろ帰らないといけない…
いきなり押し掛けて悪かった。
後、お前らのライブ、いつか聴かせてもらう…さとりの許可が下りたらの話しだが…」
「そ、そう…じゃあ、楽しみにしててね」
「あぁ…じゃあな…」
そう言って蛇丸は、小屋を後にした。
取り残された2人は唖然とした顔で見送り、
しばらく押し黙った後、響子が口を開く。
「す、凄かったですね…」
「ええ…でも、あの姉妹を嫌ってる人達への愚痴とは思わなかったわ。
てっきり、仕事の不満とかそんなんだと思ってた…」
「でもあれ、愚痴って言えるんでしょうか?」
「さあ…にしてもアイツ、マイク使ってたとは言え、あんだけデカい声出せたんだ…」
「蛇って声上げるイメージありませんからね」
「でも、新しいボーカルになりたいって言われたら断るわ、アレ…
大衆に聴かせるには、毒があり過ぎる…」
「ま、元よりメンバーは私と貴女だけって決めてますから、何て事はありませんよ。
それより、準備の続き始めませんか?」
「そうね。今夜も派手に行くわよー!」
「はーい!」
こうして今夜のライブの準備を再開するミスティアと響子。
そして、今夜も2人の騒音爆音ライブが繰り広げられた事は言うまでも無い。
終わり...
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