練習



「それでは、これからカーナちゃんが海に入れるようになる練習を始めま〜す」


浜辺から浅瀬に場所を移し、
子供達やカーナの前で声高々と宣言したのは、
しょくぱんまんであった。


「て、何でお前が仕切んだ?」


すかさず彼にカレーパンマンが突っ込みを入れる。


「こう言う指導は私の領分だと思いましてねぇ〜」

「いや、ミミ先生がいるのに、お前が勝手にやっちゃダメだろ」

「大丈夫、了承はもらってますので」

「いつの間に…」

「ね、ねぇ…それより、こんな所で何をするの?」


ちょっと不安なカーナの問いに、
しょくぱんまんは待ってましたと言わんばかりにこう言った。


「カーナちゃんは、
泳げないから海に入るのが怖いのではないんですよね?」

「う、うん…大きくて怖いから…」

「まあ、初めて海を見る人は大体そうですね。
そこでまず、浜辺で無く、
ここからゆっくり下りて入る所から始めようと言う事です」

「ここから?」

「はい。みんな、入ってみてください」

『は〜い!』


しょくぱんまんの言葉に、カバおくんら子供達は浅瀬へと入る。


「ほら、こんな風に浅くて波の無いところにさえ入れば、
大丈夫なはずです」

「………」

「カーナちゃんもおいでよ。ここ浅くて大丈夫だよ」

「……う、うん」


ウサ子ちゃんに言われ、カーナは海に入ろうと試みる―――

までは良いのだが、動きが何だかガチガチしている。


「カーナちゃん、ガチガチしないで大丈夫よ」

「だだ、だって怖いんだもん…!」

「怖がる必要なんてありませんよ。ここは浅いのですから。
ほら、ゆっくり…力を抜けば大丈夫です」


しょくぱんまんの言葉を聞いても、
カーナの動きが変わらず、中々海に足を着ける事ができない。
顔も完全に怖がっている。


「カニカニ」


と、そこへ目付きの悪いカニが現れる。
イタズラに人を挟むのが大好きな"いたずらがに"だ。
いたずらがには、海に入ろうと悪戦苦闘するカーナに目を付け―――


チョキン!

丁度、地面についていた、彼女の手をハサミで挟んだ。


「イター!」


手を挟まれたカーナは、当然ながら痛がる―――

が、当然ながらそのせいでバランスを崩し―――


「あ…」


ザッパ〜〜〜ン!

海へ落ちてしまった。


「アバババゴバガゴガババガ!」


いきなり転落したもので、カーナは気が動転して溺れ出した。


「お、溺れてる…」

「ここ浅いのに…」


浅瀬で溺れる彼女の姿にカレーパンマンもピョン吉くんも唖然としている。
そんな中、カーナは這い出すように海から出ると、
ハアハアと大げさに息を切らす。


「カーニカニカニ〜♪」


その姿に、いたずらがには大笑いした。
そして、踊り出した。


「ギロォ…」


が、カーナは、いたずらがにの仕業だとすぐに気付いたのか、
かにを睨みつける。


「カニ…」


睨まれたれたいたずらがには、ピタッとその場で固まる。
その状態がしばし続き―――




「カニ〜…」 パコーン!

いたずらがには、さっとカニ走りで逃げようとしたが一歩遅く、
カーナに蹴飛ばされた。


「ギニャー…」


蹴飛ばされたいたずらがには、
カニとは思えないような声を上げながら、沖付近まで吹っ飛び、
ポチャンと海の中へと消えて行った。


「け、蹴飛ばしちゃった…」

「しかも、凄い飛んだぞ…」


カーナの予想外の行動に、メロンパンナやカレーパンマンは驚いている。


「はあぁー…」


当の本人は、頭を抱えてその場に塞ぎこんでしまった。


「これは失敗のようですね。仕方がありません、次行ってみましょう」





「次は、ちょっと危なっかしい方法です。
ここから飛びおりてみましょう!」


そう言ってしょくぱんまんが連れてきた所は、
何と小高い崖の上であった。


「待てよアブネーだろ!」


すかさずカレーパンマンが突っ込みに入る。
彼に対し、しょくぱんまんは自信満々な表情でこう返す。

「大丈夫です。浅くない事は確認済みです」

「いやでも、何かあったらいけないだろ!」

「その時の為に、アンパンマン達を崖下においてあります」


彼の言う通り、
アンパンマンとメロンパンナらが崖下付近で待機していた。


「そうみたいだけど、カーナちゃん怖くないのか?」

「わ、私、いつも飛んだりしてるから、怖くはないけど…」

「では、早速行ってみて下さい」

「(おいおい、いきなりかよ…)」


カレーパンマンが心の中で突っ込む中、
カーナは、言われる通りに崖の前まで歩き、下を見下ろす。
高い所から真下を見るなど、彼女は慣れっこであったが、
今回は違う。
真下にあるのは苦手な海。

ここに飛び込もうと言うのだから、
それはもう怖くて、足がすくんでしまいそうである。


「スゥ…!」


しかし、覚悟を決めたのか、大きく息を吸って目をつぶると、
エイッ!と言う掛け声と共に、崖上から思い切って身を投げた。


「(ホントに飛び下りちまったよ)」


そばでしょくぱんまんがおおっ!と言っている横で、
カレーパンマンは驚いた。

同時に、誰もがカーナが海に入るのに成功したかと思った。

だが―――




「…あれ?」

「どうした?…あ」


ふと、崖下に目を向けたしょくぱんまんが、
妙な反応をするものでカレーパンマンも続けて確認してみると、
そこには、背中の翼をはばたかせ、海面ギリギリを浮遊するカーナの姿が―――


「ごめんなさい…やっぱり、怖くて…」


崖下にいた、アンパンマンとメロンパンナ、
そして、上にいるしょくぱんまんとカレーパンマンに対して、
カーナは申し訳なさそうにそう言った。


「これも失敗ですか」

「はぁ…こりゃ色々と大変そうだなあ…」




「カーナちゃん、また失敗したんだ」

「やっぱり怖いのね」


浜辺から様子を見ていたクリームパンダや子供達が
残念そうにしている。
さすがに、彼らに崖上からの飛び込みのお手本をさせるのは危険だったので、
ここで様子見という事になっていたのである。


「はぁ…それにしてもお腹減ったなあ…」

「カバおくん、お昼はまだだぞう」


唐突に空腹を訴え始めたカバおくんに、
ちびぞうくんが昼食の時間はまだである事を指摘する。

だが―――


「あれ?」

「何か、良い匂いがする」


突然、何処からか良い匂いがしてきて、
2人は鼻をひくつかせる。


「あっちからするぞう」


そして、ちびぞうくんが長い鼻で、匂いのする方向を特定。
2人は、クリームパンダらを残し、
まるで誘われるかのように匂いがする方向へと足を運んだ。

するとどうだろうか、
行きついた先は人目に付きにくい様な岸壁のくぼんだ辺りで、
ペンギンの着ぐるみを着た女の子が、店らしきものをしていた。


「あれってお店?」

「何のお店かなあ?」

「聞いてみよ」


2人は、不思議そうにそのお店へと足を進めると、
着ぐるみを着た女の子に声を掛ける。


「ごめんくださーい」

「あのぉ、ここ何のお店ですか?」

「お?やっと来てくれたんですねぇ、お客さ〜ん!」


2人に声を掛けられた女の子は、嬉しそうな様子を見せると、
何のお店なのか説明を始める。


「ここは私、ペンギン娘ちゃんのアイスクリーム屋さんなのですぅ」

「アイスクリーム屋さんなの?」

「はぁい。私、暑い日には色んなところ回って、
こうしてアイスクリームを配ってるんですぅ。
ほら、こ〜んなの」


と、ペンギン娘を名乗る女の子は、
バニラ味と思われる白いアイスクリーム2本を手にとって2人に見せた。
そのアイスクリームは見るからに美味しそうな形をしており、
おまけに先程感じた良い匂いもプンプンしていた。


「美味しそ〜」


その見た目、その匂いに、
カバおくんは思わず涎を垂らしてしまう。
ちびぞうくんも、とても美味しそうにアイスクリームを見つめている。
その様子を女の子は見逃さない。


「せっかく何で、お一ついかがですか?」

「食べても良いの!」

「当り前ですよ。その為のアイスクリーム屋なんですから」

「うわーい!」

「食べれるぞ〜う!」


アイスクリームを食べれると聞いて、2人は大喜び。
そんな彼らに、女の子は「はいどうぞ」とアイスクリームを手渡す。


「「いっただきま〜す」」


そうして、2人は渡されたアイスをペロペロとなめ始める。


「美味し〜」

「キンキンに冷えてて最高だぞう」

「んふふ…どうも、ありがとうです…」


美味しいと言ってくれた2人に、
感謝の言葉を述べる彼女だったが、
その言葉とは裏腹に、彼女の顔は真っ黒な笑みが浮かんでいた―――





それから数時間後―――

しょくぱんまんは、色々な方法を試してみたが、
カーナの海恐怖症に繋がる様な決定打が全くとして得る事が出来なかった。
そんなこんなで、お昼の時間となり、
彼女らはアンパンマン号の側で
ジャムおじさんとバタコさんが焼いたパンを食べる事となった。


「しょくぱんまん、どうでしたか?」

「ダメでした。どれも効果無しで…」

「オメーがやるからダメなんじゃねぇのか?」

「そんなはずありませんよぉ。かく言うあなたはどうなんですか?」

「俺なら、ビシーッ!バシーッ!
と辛口指導で決めてやるぜ!」


リアクションを付けて自信満々に豪語するカレーパンマンだが、
しょくぱんまんはジトーっとした目付きでこう返した。


「信用できませんね」

「ンだとー!?」


2人の漫才が始まったのをよそに、
カーナはアンパンマン号の側に敷かれた敷物の上で、
みんなと一緒にパンを淡々と平らげているが、
その表情は何処か重い―――


「大丈夫?」


メロンパンナが心配そうに声を掛ける。


「うん…いつもより疲れた感じがするけど…」


そう言って彼女は次々とパンを平らげている。


「食欲はいつも通りなのね」

「ジャムおじさん、どうしましょう?」


さすがのアンパンマンも見かねてか、
ジャムおじさんに振ると、彼はこう答えた。


「うーん…
やはり、無理にいきなり入らせようとするのは、
良くないのかもしれないね。
長く、時間を掛けて慣れさせるしかないよ」

「みんな〜!」


そこに、クリームパンダが飛んでくる。


「クリームパンダちゃん」

「どうしたの?」

「カバおくんとちびぞうくん見なかった?何処探してもいないんだよ」

「え?」

「あら?そう言われてみると…」


ミミ先生やみんなが周りを見回してみると、
確かの両名の姿が無い事に気付く。


「何処行っちゃったのかしら?」

「カーナちゃんが崖から飛び降りた時は、確かにいたんだけど…」

「とにかく、ご飯が終わったらみんなで探そう」

「あぁ」

「とりあえず、カーナちゃんの海恐怖症の克服は、後回しですね」


という事で、午後の予定が、
カバおくんとちびぞうくん探しに急遽変更される事態となってしまった。




そして、昼食時間終了後―――

みんなは、総出でカバおくんとちびぞうくんの捜索を始める。
アンパンマンら飛べる者達はそらから、
ジャムおじさんら飛べない者達は地上からと役割を分担、手分けして探す。


「カバおくーん!」

「ちびぞうくーん!」


浜辺に、2人の名を呼ぶ声が響き渡る。
そんな彼らを影からニヤニヤ見ている怪しい女の子が1人―――


「ヒ〜ヒヒ…そんなに叫ばなくなって、
私があの2人に会わせてあげるんだから…」


女の子の手には、先程カバおくんらが食べていた、
アイスクリームが握られている。
そして、彼女は次の獲物を狙うような目で、
カバおくんらを探す子供達を見る。


「カバおくーん…あれ?何だこの匂い?」


ピョン吉くんの鼻に、良い匂いが入り込んでくる。
それは、いなくなったカバおくんらが嗅いだのと、
全く同じ匂いだ。
彼は唐突に漂ってきた匂いに引っ張られるかのように、
皆がいる所を離れ、人気の無い岩場に誘い出される。


「はいは〜い、ぼっちゃんいらっしゃ〜い」


そして唐突に、アイスクリームを片手に持ったペンギン娘が、
ピョン吉くんの前に姿を表わす。


「うわ!…あ、この匂いはひょっとして…」

「そ、この特性アイスの匂いですよぉ。
あ、申し遅れましたけど、私、アイスクリーム屋さんなのですぅ。
このアイスどうですかぁ?」

「ごめんね。今ちょっと友達を探してて…」

「そーんな事言わず、頂いて下さいよぉ。
ほらぁ…美味しそうな匂いしますでしょぉ〜?」


彼女の言う通り、アイスクリームからはこれでもかと言う程、
美味しそうな匂いが溢れ、彼の食欲を刺激する。
あまりの良い匂いに、最初断ろうと思っていたピョン吉くん精神は、
激しく揺さぶられ―――


「う…じゃ、じゃあ、1つだけなら…」


結局食欲に負けてしまうのであった。


「はいは〜い、どうもありがとうございますぅ〜」


と、アイスを手渡す女の子。
その顔にはまたしても黒い笑みが浮かんでいた―――


その後、女の子が2人を探す者達にアイスを渡すごとに、

1人―――

そして、また1人姿を消していった。



そんな事もありながら、
カバおくんらが見付からないまま時間は夕方に―――


「みんな、いた?」

「いいえ…」

「何処行っちまったんだあ?」


元いた浜辺へアンパンマン、しょくぱんまん、カレーパンマンの3人が戻って来て、
カバおくんらが見付からなかった事を報告し合う。


「みんなー!」


続いて、メロンパンナ、クリームパンダ、カーナの3人も戻って来る。


「そっちは?」


というアンパンマンの問いに、3人は揃えて首を横に振った。


「そう…」

「いませんでしたか」

「みんな〜」


続いて、ジャムおじさんとバタコさんにチーズも戻って来る。


「ジャムおじさん。そちらは?」

「こっちにもいなかったよ」

「そちらにもいないとなると、いったい何処へ…?」

「あれ?他のみんなは?」

「言われてみると…」

「ミミ先生もいませんね」

「まさか、みんなして遠くまで探しにいっちまったのか?」

「そんなはずは無いでしょう」


一同がそのようなやり取りをしている中、
何者かがクリームパンダの方をチョンチョンと突く。


「ん?」


クリームパンダが振り返ると、
目の前に、姿を消した者達が口にしたアイスクリームが差し出されていた。


「あ、おいしそうなアイス」


皆を探し続けて空腹になっていたのか、
彼は唐突に差し出されたそれにためらいも無く口を着けてしまい―――


「おいし…っ!?」


歓喜の声が途絶え、一同がクリームパンダを振り向くと、
そこには、彼の姿を模ったような泥人形が―――


「クリームパンダちゃん?」


「おやおや〜…どーしちゃったんですかねぇ?」


と、そこへ、例のペンギンの気ぐるみを着た女の子が現れる。


「このペンギン娘ちゃんのアイスを食べて、
泥人形になっちゃうなんて。
何がいけなかったんでしょうかぁ?」


泥人形になったクリームパンダを起し、
女の子はワザとらしく言ってみせる。


「おい…まさか、お前が…!」

「な〜んの事でしょう?さっぱり分からないですぅ」

「おいお前、誰だ?」

「だから、ペンギン娘ちゃんだって言ってるじゃないですか」


カレーパンマンに問われ、女の子はそう答えるが、
彼らは警戒を解く気配は無い。


「怪しい奴め!食らえ!」


ビュッ!

と、カレーパンマンは彼女にめがけ、口からカレービューを放つ。


ポンッ☆

…が、命中した途端に女の子とクリームパンダの姿が消え、
その場にはカレー塗れになった、
ペンギンの着ぐるみだけが残された。


「消えた」

「あーあーあーあー、この日の為にせっかく作ったのに、
台無しじゃない」


続けてどこからか女の子の声が聞こえたもので、
一同は周りをキョロキョロしたのち、頭上にいると気付き空を見上げると、
そこには、首から目玉のような飾りを下げ、ピンク色の魔法使いの服を着た女の子が、
不吉な雲が漂う夕焼け空をバックに、ほうきに座った格好で浮かんでいる。

更に、彼女の右手人差し指の上に、泥人形のクリームパンダが浮かんでいる。


「誰だお前は!」

「相手の名前を聞く時は、まず自分から名前を名乗らなきゃいけないけれど、
まー、今回は特別に答えてやろう。私の名前は…」









「私の名前は、"ドロンコ魔女"と言いまーす」



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