―海中―
「顔が濡れて…力が出ない…」
無装備のまま海に転落したアンパンマンは、 力無く海の底へと沈んでいる。 だがそこに、ドロンコ姫がやって来て、彼を手で叩き落とした。
「うわあ…!」
力が出ないアンパンマンは、反撃出来ずに海底へ叩きつけられ、 そばを泳いでいた魚達が驚いて逃げ出す。 一方、ドロンコ姫はそのような事などお構いなしに、 頭の触手でアンパンマンを締め上げる。
「貴様はこの星で一番強い…それでいて、パパの仇! だから、ひと思いには泥人形にしないわ。 もっともっと、無様で情けない格好にしてから、 泥人形にしてあげる!」
そう言って彼女は、アンパンマンを手近な岩へと投げつける。 アンパンマンは、 岩がくぼむほどの勢いで叩きつけられた。
「う…!ど、ドロンコ姫…ドロンコ魔王をやっつけたのは… 僕じゃない…!」
「分かってるわよそんな事。 けど、貴様とナンダ・ナンダーが出会わなければ、パパはあならなかった。 それに安心して… この星でのコレクションが完成したら、 キラキラ星に行って、パパが出来なかった事をアタシが代わりにやり遂げてやるから」
「そ、そんな事…させないぞ…!」
「そんな顔で良く言うわ!」
ドゴォー!
と、ドロンコ姫は、岩にめり込んだままのアンパンマンに腕を振るうと、 岩は砕け、アンパンマンは吹き飛ばされた。
「うわあー!」
「よし、出来た」
その頃、浜辺のアンパンマン号では、 アンパンマンの新しい顔が完成していた。
「はぁ…パン作りの手伝いって大変…」
手伝っていたカーナが、その場にヘタレ込む。
「チーズ、潜水ヘルメットを」
「アンアン!」
ジャムおじさんの指示で、 チーズは新しい顔に透明な丸いヘルメットを被せた。
「それって?」
「これはね、 アンパンマン達が顔が濡れないように被ってるものよ」
「しかも、私達でも使えるんだよ。 これを被っていると、 水の中でずっと息が続くようになるんだ」
「へえ…ん?」
バタコさんとジャムおじさんの話しに納得していたその時、 カーナの頭に潜水ヘルメットが被せられる。
どうやら、見れば彼女の後ろにチーズがおり、 彼がイタズラに被せてみたようである。
「あらあらチーズったら、 カーナちゃんは被りたいって言ってないわよ?」
バタコさんに言われ、イタズラな笑みを浮かべるチーズ。 一方カーナのほうは…
「い、意外とキツい…」
と言って、頭を抱える。 そんな彼女に対して、ジャムおじさんは笑顔でこう言った。
「大丈夫だよ。 最初はそうかもしれないけど、時期に慣れてくるよ」
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
「え?行くって…海の中に?」
バタコさんの一言に、カーナは不安の声を出す。
「カーナちゃん?」
「どうしたんだい?」
「アンアーン?」
「い、いや…だって私、まだ海入れないし…」
内股で引き気味な様子で、カーナはそのような事を言う。 明らかに怯えている。
「カーナちゃん、アンパンマン号で入るんだから大丈夫よ」
「そうだよ。外を見たり出なかったりすれば、 良いだけじゃないか」
「ご…ごめんなさい…そ、それでも、海に入るって考えると…私……」
カーナは、そこまで言うとペタンとヘタレ込んでしまう。 彼女の様子に、2人の1匹は困ったように顔を見合わせる。
「どうする、ジャムおじさん?」
「うーん…ここまで怖がっている子を無理に連れて行くのも、 可哀想だ。 それに、危険な所に行く訳だしねえ…」
「あ、あの…ごめんなさい、本当に…」
「良いんだよ。それで君の為になるんならね」
と、優しく声を掛けてくれたジャムおじさんに、 カーナは「ありがとう…」と深く頭を下げた。
「アンパンマン号、発進!」
そして、カーナを下ろし、 彼らはアンパンマンを助けに海中へとアンパンマン号を走らせる。
「ジャムおじさん、みんな!必ず、アンパンマンを助けて!」
海の中へと消えて行くアンパンマン号を、カーナは見送った。 だが、アンパンマン号が完全に海の中へと入った所で、 カーナはある事に気付いた。
「…ヘルメット、返すの忘れてた……」
一方、海中ではアンパンマンがドロンコ姫の攻撃に、 依然として苦しめられていた。
「うぐぐ…!」
そして、ドロンコ姫はまたしても頭の触手で、アンパンマンを締め上げる。
「ジャムおじさん!アンパンマンが!」
「イカン!早く新しい顔を!」
「はい!」
そこへ、アンパンマン号が到着。 アンパンマンのピンチを目の当たりにし、 彼らはドロンコ姫に見つからないよう、 気をつけながら背後より接近する。
「よし、バタコ!」
「アンパンマン、新しい顔よ!」
丁度良い距離まで接近した辺りで、 バタコさんは、アンパンマン号の鼻部分に当たる個所を開くと、 潜水ヘルメット着用済みの新しい顔を、アンパンマンの頭目掛けて発射する。
だが…
バシン―――!
ドロンコ姫は、こちらを振り返っていないにもかかわらず、 左手で新しい顔を弾きとばしてしまったのだ。
「あ…!」
「しまった!…うわあー!」
「アンアンアー…!」
更に、相手は首を真後ろまで回すと、 口から泥の息をアンパンマン号目掛けて吐きかける。 息をまともに浴びたアンパンマン号は、 中に乗っているジャムおじさんらもろ共、 泥の塊になりながら吹き飛んで行った。
「ジャムおじさん!みんな!」
「ギヘヘヘ…バカな奴ら… 何で自分達が無事なのか、考えもしなかったのかしら?」
「? ど、どう言う事だ…」
「アタシが奴らを泥人形にしなかったのは、貴様を絶望させる為さ! 新しい顔がある、ジャムおじさん達がまだいる。 そんな貴様の希望を、今こうして打ち砕いてやったって訳」
「け、けど…まだロールパンナちゃんが…! それに、カーナちゃんも、乗っていたとも限らない…」
「安心なさいよ。アイツが来る前に終わっちゃうし、 カーナとか言う鳥娘だって、海の中に入れないんでしょう? どっちにせよ、貴様に勝ち目は無いのよお!」
勝利を確信した表情で、 ドロンコ姫はアンパンマンを更に締め上げるのであった。
「うぐぅ…!」
―浜辺―
「な、なに?」
突然、沖合いから何かがこちらに飛んできて、砂浜にめり込む。 それは、ドロンコ姫に弾きとばされた、アンパンマンの新しい顔―――
「これは、アンパンマンの…あっ!」
続けて、沖合いから巨大な泥の塊が飛び出してくる。 言うまでもなくそれは、泥の息で吹き飛ばされたアンパンマン号であり、 アンパンマン号は回転しながら展示台の真上を通り過ぎる。 すると、タイミング良く背部のハッチが開き、 中から泥人形となったジャムおじさん、バタコさん、チーズが出てきて、 空きスペースに収まる。
そして、運転手がいなくなり、泥の塊と化したアンパンマン号は、 ズシンと大きい音を立てて、カーナの後ろにある砂浜に大きくめり込んだ。
「アンパンマン号! それに、ジャムおじさん、バタコさん、チーズ。 みんな、やられちゃったの…?」
目の前の事態に、カーナは唖然とした。 先程まで、元気にアンパンマンを助けに行った彼らが、 こうもあっさりと、泥人形に変えられてしまうなんて―――
「ど、どうしよう…」
カーナは困った。 幸い、新しい顔も、潜水ヘルメットも無傷。 誰かが海中へ潜りさえすれば、希望はある。 そして、今それが出来るのは、 潜水ヘルメットをかぶり尚且つ泥人形にされていない、自分だけ―――
「う、海…入らないとダメ…だよね?」
しかし、自分はまだ海が怖い。 見るだけならまだしも、入ろうと思うと体が拒絶してしまう。 けどそれでも―――!
「………………………」
カーナは、新しい顔を抱えると、恐る恐る海に近付いた。 浜辺に流れてくる波そのものは、 周囲の天気と相反してとても穏やかであり、 海中でアンパンマンが巨大な怪物を前にピンチに立たされているとは、 思えないほどだ。
カーナは、そんな穏やかな波をジッと見つめる。
「……は……はあぁぁ………」
だが、海への恐怖心に負けて、 カーナはその場で腰を抜かしてしまった。
「どうしよう…アンパンマンを助けに行きたい… けど、海に入るのはとても怖い… 私は…私は、何も出来ないの…?」
助けに行きたくても行けない自分に、 カーナはポロリと涙を零した。
『大丈夫。お姉ちゃんになら出来るよ』
「え?」
突然、幼さの残る女の子の声が響き、カーナは辺りを見渡すが、 誰かがいるような気配は無い。
『そうですよ、カーナ… ブラックノ―ズの呪縛を破れたあなたなら、きっと出来ます…』
すると、今度はまた別の声が聞こえる。 先の声と違い、落ち付いた女性のような声である。
「だ、誰?何処にいるの!?」
『カーナ…海は、あなたが思っている程、怖くはありません。 何故なら海は、命の源… 多くの生き物は、皆海から生まれたのです… それは、鳥である我々も同じ…』
『だから大丈夫だよ。海は、絶対にお姉ちゃんを拒んだりしないから』
「け、けど…」
『だったら聞くけど、お姉ちゃんは、 このままアンパンマンがドロンコ姫のコレクションにされちゃっても良いの?』
「…!」
幼い謎の声に聞かれ、カーナはハッとした。 そうだ、もしここで、自分が新しい顔を届けなければ、 アンパンマンは倒され、この星もどうなるか分からない。 それなのに、自分は海に入るのが怖いと言うだけで、 助けに行ける相手を助けに行こうとしなかった。
もしも、アンパンマンが同じ立場なら、 自分の顔がどうなろうとお構いなしに、 海に飛び込んで助けに行っただろう。 だったら、だったら自分だって―――!
無意識の内に、カーナの顔は決意の表情に変わっていた。
『その顔…決心がついたようですね』
『それで良いんだよ。お姉ちゃんになら出来る。絶対出来るから!』
「私なら、絶対出来る…!」
そう言うとカーナは、再び新しい顔を抱えるとその場から立ち上がる。 この時、もう謎の2つの声は聞こえなくなったのだが、 今の彼女にとっては些細なこと。
カーナは、目の前の海に意識を集中させる。
「(私になら絶対出来る…私になら絶対出来る…私になら、絶対出来る…!)」
暗示を掛けるよう、カーナは心の中で繰り返す。
そして―――
「えぇ―――い!」
カーナは、目を瞑り、掛け声を出すと、 ついに海の方へと走り、突入。 最初は足の着く浅瀬であったが、足下は次第に深くなり、 足が着かなくなると、彼女は目を瞑ったまま深みの中へと飛び込んだ。
「…………」
新しい顔を抱きかかえるような姿勢で、 ゴボゴボと深みへと身を沈めるカーナ。 最初はそのままジッとしていたが、しばらくしてある事に気付いて、 パチパチと目を開けてみる。
「(あれ…?ホントだ…思ったほど怖くない!)」
あれだけ怖かった海―――
いざ入ってみると、肌に当たる海水が冷たく心地良く、 空を飛んでいる時とも違う、優しい浮遊感を感じた。
「(私ったら、どうしてあんなに怖がってたんだろう?)」
カーナは、さっきまでの自分がバカらしくなった。
「(さっきの誰かに感謝ね。さ、アンパンマンを助けにいきましょ!)」
こうして、海恐怖症を克服したカーナは、 バタ足で沖合いの海底向けて、泳ぎだす。
一方、その沖合の海底のアンパンマンはと言うと、 ドロンコ姫の触手に絞め上げられたまま、 そこら中の地面や岩に叩きつけられていた。
「う…うぅ……」
そこまでされて、アンパンマンはもうボロボロだ。 そんな彼に、ドロンコ姫は顔を近付ける。
「グヘヘヘ…もう気が済んだ。 貴様も泥人形に変えてあげる!」
と、ドロンコ姫はいよいよアンパンマンを泥人形にしようと掛かろうとする。
「アンパンマーン!」
だがそこへ、新しい顔を抱えたカーナが泳いでやって来る。
「ば、バカな!アイツは、海に入れなかったはず…!」
「カーナちゃん…良かった、無事だったんだ…」
彼女の登場に、 ドロンコ姫は驚き、アンパンマンは安堵の表情を浮かべる。 そうこうしている内に、カーナはアンパンマンへ向かって進む。
「させるかあ!」
そんな彼女に対し、ドロンコ姫は触手と腕を伸ばして邪魔をする。
「きゃっ!」
カーナは、迫りくる無数の触手と2本の腕を巧みにかわす。
「うーん…海の中ってちょっと動きにくいなあ…」
そう言いつつも、彼女の動きは軽快である。 それもそのはず、背中の翼も泳ぐ為に使用しているからだ。
「あ…!」
だが、触手の内の1本を避けた際、手を滑らせて新しい顔を落してしまった。
「しまった!…きゃあ!」
彼女がそれに気を取られている隙に、 ドロンコ姫は触手を伸ばすと、彼女の体を海底へと押し付けた。
「カーナちゃん…!」
「全く、ヒヤヒヤさせてくれる。このまま泥人形にしてやる」
ドロンコ姫は、カーナを泥人形にすべく、 触手を押し付けている部分から泥を広げる。
「あぅ…!あ…!」
全身が泥に覆われて行く不快な感触に、 カーナはくぐもった悲鳴を発する。
「(こ、このままじゃ…あ、新しい顔は?)」
と、彼女は辺りを見渡すと、先程落とした新しい顔を発見する。 偶然にも、自分の近くに落ちていたが、厄介な事に彼女の腕がある方では無く、 足の方に落ちていた。
「(ダメだ…あんな所にあるんじゃ、取れない。どうしよう…)」
泥の浸食を感じつつカーナは困るが、ふとある事を思い出す。 それは、昼間しょくぱんまんの特訓を受けていた時の事だ。 あの時自分は、自分の手を挟んだいたずらガニを、全力で蹴り飛ばせた。
だったら―――?
「(そうだわ。取れないなら、蹴飛ばしちゃえば良いのよ!)」
そう思い立ったカーナは、徐々に泥に覆われて行く身を押して、 新しい顔の方へと足を伸ばす。
「ん?」
ドロンコ姫は、彼女の行動に気付くも、 何をしようとしているのかまだ見当が付いていない様子だ。 そうしている内に、カーナの足が新しい顔に触れる。
「よし…アンパンマーン!新しい顔よ!えいっ!」
パコーン!
そして彼女は、今出せる力をその足に込めて、 アンパンマン目掛けて新しい顔を蹴り飛ばした。
「しまった!そう言う事か…!」
ドロンコ姫は、彼女の意図にようやく気付くも時既に遅し。 新しい顔は物凄い勢いでアンパンマンの頭まで飛ぶと、 濡れてしまった顔を跳ね飛ばし、彼の新しい頭部として見事収まる。
「あぁ…!」
頭の入れ替えを許してしまい、ドロンコ姫の顔に陰りが見える。 一方、新しい顔となり、元気を取り戻したアンパンマンは、 自身を締め上げる触手を打ち破って脱出。
そして、いつものようにこう叫んだ。
「元気100倍!アンパンマン!」
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