「よっと!」


穴の底に辿り着き、着地を決めるさと見。
穴の中は暗く、辺りはごつごつした岩肌などがあるばかりで、
霊夢から聞いた旧地獄がある様子は無い。


「あれ?
穴入ってすぐにあると思ったんだけど、違うのね。
いったい何処にあるのかしら?」


そう言いながら、周りに目をやるさと見。
すると、向こうに光が差し込む穴がある事に気付く。


「アレは…
日の光が届かないのに、光が出てる。
と言う事は、あそこかもしれないわね」


あそここそが旧都がある所だと思ったさと見は、
そのまま穴の方へと向かい、その中へと入ってみる。

すると―――




「うわぁ〜!」


さと見は穴の向こうの光景を見て、歓声を上げる。

何故なら、彼女の目の前のは、
地上の人里とは違う、昔ながらの大きな町並みが広がっていたからだ。

旧都である。


「すごーい!
幻想郷の地下にこんな都市があるなんて…
外の世界の京都みたいだわ」


そう言ってさと見は、出入り口付近の橋を渡り、旧都に入る。
目の前には、古臭い建物がズラリと並んでいたが、
灯りが沢山灯っていたからか、ますます人里より豪勢に見える。


「ふーん…なーんか色々ありそう。
…でもここにいる連中は、覚り妖怪の事どう思ってるのかしら?
霊夢の言う通り、未だ私ら嫌ってる人達がいて、
事実人里でアレだったから…
いや、そ、そんな事無いわよね?だってここ、あの2人が暮らしてるトコらしいし…」


地上での事があってか、
旧都の住民も自分を嫌ってるんじゃないかと、恐れるさと見。
残念ながらその通りなのだが、今目の前には誰もいない為、
さと見がその事を知るすべは無い―――


「とりあえず、地霊殿が何処にあるか、
話しを聞いてみる必要があるわね。
よ〜し、聞きこみ調査開始〜!」


さと見は意気揚々と片手を突き上げた後、
地霊殿の場所を探そうと、
聞きこみ調査をする為に旧都内を歩き始めた。

だが―――




「…あれ?」


しばらくずっと歩いている内に、様子がおかしい事に気付く。
何処まで歩いても、誰もいないのだ。
街はこれほど明るいのに―――


「おかしいわね。
何で誰もいないのかしら?
まさか隠れてる…なんて事無いわね。
でも、家の中にとかはいそうかも…ん?」


ふと、さと見はある事に気付く。
向こうの方から音楽らしきものが聞こえて来たのだ。


「何かしらこの音?向こうから聞こえてくるわね」


その音楽らしき音に、
さと見は向こうに誰かいるのではないかと思い、
音がする方へと足を進める。

そして―――




「うわ!なにこれ?」


さと見は、音が鳴る場所と思われる所にたどり着くと、
驚きの声を上げる。
何故なら、そこは旧都の広場であり、
その中央で胸元が大きく開き、肉付きが良い脚を覗かせる着物を着た、
頭から赤い角を生やした金髪で胸が大きい女性が、
同じく着物姿の黒髪の男性が酒を飲み合いをしており、
その周りを取り囲むようにして、旧都の住民である鬼や妖怪達が見物していた。
更に、酒を飲みあう2人の間に、桶に入った緑色の髪をしたツイテールの少女と、
体の大部分を大きな釜に入れ、頭と手だけを出している、
右目が隠れるほど長く黒い髪を持った少女がそれぞれ2人の様子を見ており、
その後ろではヴァイオリン、トランペット、キーボードをそれぞれ持った少女3人組が競技っぽい音楽を演奏し、
それを緑のトンガリ帽子に、
指揮者の格好をし、常に両目を閉じた少年が目の前で指揮していた。

黒髪の男性と酒の飲み合いをしている金髪の女性は、
旧都の鬼の1人、星熊勇儀。
桶に入っている少女はキスメ、大きな釜に入った少女は古釜吉来、
楽器を演奏する少女3人はプリズムリバー三姉妹で、
目の前で指揮をとっているのは謎の指揮棒妖怪、シキなのだが、
この時さと見は彼女らの正体を知らない。


「いったい…何事?
てか、あの角生えてる人ら鬼…だよね?
幻想郷が出来た辺りからぱったりいなくなってたけど、
こんな所にいたんだ…
あれ?と言う事は、ここって私がまだいた頃には既にあったって事?
いや、今はどうだって良いか。
ここまで来て誰もいなかったのは、みんなここに集まってから…
よね?どう見ても」


ここで、旧都の中に誰も見掛けなかった謎が解ける。
だが、次に新たな謎が生まれる。

いったい、何で勇儀は男性と酒の飲み合いをしているのか?

さと見はそこらに集まっている妖怪や鬼達に話しを聞こうかと思った。


「はいは〜い!
みなさん、挑戦者さんの星熊勇儀との結婚を掛けた酒飲み合戦も、
お互い30杯目に差し掛かり、
いよいよ山場を迎えて来ました〜!
勇儀は先程から酔ってますがまだまだ行けそう。ですが、挑戦者さんの方は苦しそうだぞ!?
大丈夫でしょうか〜!?」


だが、実は飲み合う勇儀と挑戦者と呼ばれた男性の奥の方にいた、
蜘蛛をあしらったような形や柄をした黒い衣装に、
頭の金髪のポニーテールないし団子ヘアーと黒の大きなリボンが特徴的な少女、
旧都のアイドルの土蜘蛛、黒谷ヤマメのマイク片手の実況で、
さと見はその必要はないと思いなおした。


「ははぁ、そう言う訳か…
あの男の人があの鬼と結婚しようとして、こんな事になってんのね?
となると大方あの鬼に、
"結婚したかったら、何処まで酒が飲めるか競争しろ"
とか言われたんでしょうね」


状況を理解したさと見は、
挑戦者の男の末路がどうなるのか気になった。
そこで彼女は、マッチをするかのように第三の目を閉じると、
無意識を操る程度の能力を発動。

気付かれないよう妖怪と鬼達の真上を飛んだ後、
酒飲み合戦を繰り広げる2人の目の前に降り立つ。
するとその周りには、2人のものかはたまた30杯も出て来た酒のものが残ってか、
酒の匂いが立ち込めていた。


「うわ!酒臭っ!二十歳でもちょっとキツいわ、これ…!」


思わず鼻を塞ぎたくなるさと見。
だが、勇儀と男性の周りを見て、ある事に気付く。


「ん?あの人は…?」


さと見が2人の周りを良く見てみると、
男性の近くには彼の友人らしき男達が応援していたのだが、
対して勇儀の方にはペルシアンドレスに似た服を着た、
金髪で耳が小さく尖った、緑色の目の少女がおり、
物凄く怖い表情で親指の爪を噛みながら、挑戦者の男性を睨みつけていた。

それは、橋姫の水橋パルスィであったが、
やはりこの段階のさと見は彼女の事を知らない。


「なーんであんな怖い顔してんのかしら?
あの男の人に勝って欲しくないのかしら?
でも、なんで?…ん?」


第三の目を閉じてるせいでパルスィの心が読めないさと見は、
彼女の今の心境を探る事が出来なかった。
だがその直後、彼女はまた誰かの視線を―――
しかも今度は地上よりもハッキリと感じ、後ろを振り返る。

すると、誰かの姿が見えるのだが、
その誰かもさと見に見付かった事に気付いたのか、
慌てて旧都の建物の隙間へ飛び込んで、姿を隠してしまう。


「(今のは…
ひょっとして、さっきから私を見てた奴の正体かしら?
やっぱり向こうから現れてくれたわね。
でも、何で今になって…
しかも、無意識を操っている私に気付かれた事が分かったのかしら?
それに、一瞬だけしか見えなかったけど今の奴、なーんかどっかで見た様な…)」


「おい!お前、大丈夫か!?」

「しっかりしろよ!ここまで来てダウンしたら、おしまいだぞ!!」

「ん?」


何者かの正体を考えるさと見だったが、
その最中挑戦者の友人達の声が聞こえ、再び勇儀達の方へ目を向ける。
すると挑戦者の男性が、30杯目の酒が一杯に入った杯を手に、
気分悪そうにしているのが目に入る。
先程、ヤマメが実況していた通り、苦しそうであった。


「うぅ…」

「ほらほら、どうしたんだい?
私と結婚するなら、30杯程度でヘバるんじゃないよ。
私なんて、もう飲んじゃったよ」


そう言って男性に自分の杯を見せる勇儀。
確かに杯は空っぽだった。


「…!よぉ、よぉし…!」


それを見た男性は、負けるものかと言わんばかりに、
杯の中の酒に目を向ける。
それまでは良かったものの、男性は酔いが激しいのか手が中々動かず、
酒を口に運べない。
目も明らかに焦点が合わず、うつらうつらしている。
それでも、30杯目の酒を口にしようと、
正気を保つかのように頭を振い、向かい合うが―――




「う…うぅ…、うぁ…!」


ドサッ!

男性は苦しそうな唸り声を上げて倒れてしまった。
当然、手に持っていた杯は落ち、入っていた酒もこぼれてしまった。


「あ、倒れた…」


倒れた男性に一言入れるさと見。
一方、男性を応援していた友人達や周りは騒然とする。


「おおっと!挑戦者倒れちゃいました〜!いったいどうしたあ?」


すかさず実況を入れるヤマメ。
それに合わせるかのように、
プリズムリバー三姉妹が演奏を、シキが指揮を執るのを止め、
2人の様子を見ていた古釜とキスメが男性に近寄り、
触ったり突いたりして様子を見る。
そして、一通り確認したのか、古釜が口を開く。


「ホアソポサアカジュキウルタトラマロウンペポカポーポポドンビドドドンィー」

「はあ?何言ってんだコイツ…?」


意味不明な言語を喋り出す古釜に、
第三の目を閉じてて心が読めないさと見は、
ただただ首を傾げる事しか出来ない。

だがそこに、シキがやって来て、
閉じていた目を開けて半ば怒ったような顔をしながら、
後ろからボカンッ!と彼女の頭を殴った。


ぴぃ――――――――!


頭を殴られた古釜は大声で一声上げて泣くと、
釜の中に潜って出て来なくなってしまい、
近くで見ていたキスメは、目を大きくして驚いている。
そこに、ヴァイオリンを持った少女、
プリズムリバー三姉妹長女"ルナサ・プリズムリバー"が駆け寄って来る。


「こらシキ!友達を殴っちゃダメじゃないか。
せっかく何か言ってくれてたのに…」


叱り付けるルナサ。
だが、シキはと言うと半目な表情で―――


「何も言って無い。コイツ、ふざけてた」


と、珍しく自分から答えた。


「え?それじゃあ、今の言葉は…
本当に意味不明な言語?」


ルナサの問いに、シキはいつもの無言となり、黙って頷く。
その様子を見かねてか、
ヤマメがやって来て、キスメに話しかける。


「で〜…
この人、いったいどうなちゃったのかな?
キスメ?気絶しちゃった?」


ヤマメの問いに、
驚いていたキスメは我に帰るかのようにコクリと頷いた。


「あらら〜…これは残念!
挑戦者さん気絶!よってこの勝負、1杯の差で勇儀の勝ち〜!!」


ヤマメの一言で勝敗が決定した瞬間、
周りから勇儀を崇める様な声や負けた男性に同情し、
残念がる声などが飛び交う。


「はっはっは!
こんぐらいで参ってしまうとは、締まりが無い!
これじゃあお前との結婚は無理だな。
はっはっはっ!」


勝負に勝ってかご機嫌な様子の勇儀は、
さり気なく32杯目の酒を口にする。
そんな中、男性の友人達が急いで気絶した男性に駆け寄った。


「おい!大丈夫か!?」

「はあ…
だから勇儀との酒飲み合戦は止めとけって言ったじゃないか」

「ふぃ〜………」


声を掛ける友人達だが、
気絶している男性は、情けない声を上げるだけで全く答えない。
とりあえず、置いて置く訳には行かない為、
友人達は協力して男性を持ち上げると何処かへ運び去る。

それから、酒飲み合戦が終わり、
挑戦者もいなくなった事で、
集まっていた妖怪や鬼達も帰って行く。
プリズムリバー三姉妹も今回の酒飲み合戦の雰囲気を盛り上げる為だけに呼ばれたらしく、
勇儀やヤマメ達に一言二言言って帰って行ったが、
彼女らの指揮者役だったシキは一緒に帰らず、
未だ釜に籠っている古釜を持って、旧都の何処かへと姿を消す。

こうして、広場に残ったのは勇儀、パルスィ、
キスメ、ヤマメと無意識を操って姿を消しているさと見だけとなった。


「今日も司会ご苦労さん、ヤマメ。いつも悪いな…」

「何言ってんのさ勇儀、私達の仲じゃないか」

「私たちのなかじゃないか」


自分達以外誰もいなくなった(実際は違うが)事を見計らい、
勇儀はヤマメにお疲れの言葉を掛けると、
ヤマメは当たり前だと言う表情で答え、
横にいるキスメも真似して同じ事を言う。


「それもそうだな。しかしあの挑戦者凄いなあ…」

「"29杯も酒を飲めるとは、
今まで求婚してきた奴の中で、一番多く飲んでたぞ"」

「そうそう…あれ?」


自分達以外の別の誰かの声が聞こえ、
勇儀達は声がした方に目をやると、
そこには無意識を操る程度の能力を解いたさと見が立っていた。

そして、さと見は彼女らの心を読み、口を開く。


「ふふん… "見ない顔だ?何処の誰だろう?"
とか思ってるでしょう?」

「なに?!」

「アンタ、何で私らが言おうとした事が…ん?」


ふと、ヤマメは彼女の胸に第三の目がある事に気が付いた。


「おやまあ、その胸の目はひょっとして…」

「"アンタ覚りかい?"
ええ、覚りです。古石さと見、二十歳です」

「は?はた…」

「おっと!反応に困っちゃダメよ」


さと見の名乗りに反応に困りそうになるヤマメだったが、
今回はその心を読んださと見に阻止される。
そんな中、勇儀は珍しそうにしている。


「へえ、覚り妖怪か…」

「"あの2人以外見た事が無いから、珍しいな"
ふぅん、アンタさとりとこいしの知り合いなんだ」

「知り合いも何も、私は彼女らの相談相手だからな」

「へえ、そうなの!
いやぁ、アンタみたいな妖怪がいてくれたら助かるわぁ…
実は地上を見て回ってたんだけど、
私を毛嫌いする奴らがいてねぇ…そりゃもう嫌だったわ」

「へえ、お前は素直だな」

「"さとりとは大違いだ"
え?アイツ、私みたいな事あんまり言わないの?」

「ああ。
アイツ、嫌われるのは自分の能力のせいだからしょうがないとか言って、
諦めてたんだ。
…と言っても、ある日を境に考え方を変えたみたいだけどな」

「ああそう。
それ聞いてちょっと安心したわ。
にしてもアンタ、さっき私が珍しいとか思ってたけど、
私からしてもアンタは珍しいわ」

「何がだ?」

「アンタが鬼だからよ。
私鬼はあんまり見た事無いから、
こんなに間近で見たの初めてだし…フフ」


と、さと見は急にニヤついた顔をすると、じろじろと勇儀の体を見る。


「な、なんだ?」

「いやぁ、こうして見てみると貴女、体つきも良いなぁ〜、て…」

「へえ、良い所に目を付けるじゃないか。
日頃力が衰えないよう、鍛錬も欠かさないからな」

「ほぉ、さすがは鬼さん。
しかし一番良いのは…ヘヘッ、胸かなぁ?」

「胸?何処が良いんだ?」

「大きさよ、大きさ。
良く見れば随分大きいじゃないの。私とは大違い」

「ん?そうか?」

「そうよ。私のと比べたら、明らかにデカいわよ…
て、自覚なかったの?」

「ああ…
まあ昔より大きくなったな〜とは思っていたが」

「あ、そう。
…にしても、大胆な服装よね。
そんなに大きい胸元開けて生足出してたら、男の人がよって来て大変じゃない?」

「そうなんだよな。
さっきも男妖怪が惚れ込んで来てな、
どうしても結婚したいって言いだすから…」

「"酒飲み合戦で私に勝てたら結婚してやるって言ったから、
ついさっきやって、打ち負かしてきた所だったんだ"
知ってるわ。さっきからずっと見てたから」

「へえ、それは気付かなかった」

「しかし、その様子だと自分と結婚したいって言い寄る男の人とは、
いつもああな訳?」

「ああ。まあ、今まで一度も負けた事は無いがな」

「へえ、凄いわねえ…ん?」


いつの間にやら勇儀と仲良く会話を交わしているさと見だったが、
急に第三の目に誰かの強烈な心の声が入りこんで来る事に気付く。
そして、心の声の主を探ってみると、
それは勇儀の近くにいるパルスィである事に気付く。

良く見れば彼女は、
先程の男性に向けた時と同じ仕草、同じ顔でさと見を睨んでいた。


「(アイツは、
さっきあの男の人に勝って欲しくなさそうにしてた奴じゃないの。
何で私にまでそんな顔するのかしら?)」


気になったさと見は、彼女の心を読んでみる事にした。

すると―――




「(あぁ、妬ましい…
私の勇儀とあんなに仲良くして…
妬ましい、妬ましい…!
覚りなら、私の気持ち理解出来るでしょう?
だから、さっさとどっか消えちゃいなさいよ!
妬ましい…さっきの男もそうだったけど、本当に妬ましい…)」


何と彼女の心から、
勇儀と仲良くしているさと見を妬む声が響いてきたのだ。

そう、彼女は勇儀に気があった。
故に、自分以外の誰かが勇儀と仲良く接するのが気に入らない。
だから先程の勇儀に結婚を迫った男に負けて欲しかったのだろう。
そして、その男がいなくなったかと思えば、
次にさと見がやって来てしまい、
図らずとも彼女の嫉妬心をより一層かき立ててしまったのだろう。


「(なるほど、アイツこの勇儀って鬼に惚れてるのね?
じゃあ、ここは空気読んで本来の目的に…
いや、ちょっとだけイジワルしてみよっかな〜)」


何か考え付いたさと見は、良からぬ笑みを浮かべ、そして…




「うわっと!足が滑った〜!」


彼女は突然足を滑らせて、
勇儀のふくよかな胸に突っ込み、その中に顔が埋もれてしまう。
だが、この辺りの地面は石造りであり、
滑る個所は何処にも無い。

そう、彼女はパルスィへのイジワルの為、ワザとやったのだ。


「!!!!」


当然、その姿を見たパルスィは、
驚きと嫉妬心に頬を赤く染めつつ更に怖い顔をする。
しかし、当の胸に突っ込まれた勇儀はと言うと、
ちょっと驚いた程度で特に飛び上がって驚きもしなければ、
取り乱す様子が無い。


「うお!?大丈夫か?」


それどころか、
平気な様子で普通に気遣いの言葉を掛けている。
これにさと見は、ちょっと意外だと感じた。


「あれ?胸に顔当たってるのに、驚かないの?」

「はあ?何でその程度の事で、驚かないといけないんだ?」

「そ、その程度の事って…アンタ、男の人みたいね」

「そうか?」

「ええ。胸触られて驚かない女の人なんて、早々いないわよ。
…でもまあ、別に良いんなら、
もう少しだけこうしてても良い?」

「別に構わないぞ。
ただ、今は酒飲んで火照ってるから、
余り長く引っ付かないでくれよ」

「オッケー。ウェヒヒヒwwwww」


妙な笑いを上げ、
そのまま勇儀の胸に顔を埋めたままでいるさと見。
彼女は時々勇儀の胸に埋めたまま顔を左右に動かして頬ずりし、
「柔らか〜い」とご満悦な声を出したりするが、
されてる本人は無反応どころか、不快感自体全く感じていない。


「い、いったい何なんだい、こりゃ…うん?」


目の前の異様な光景に唖然とするヤマメだったが、
ふとパルスィに目をやると、彼女の表情の変化に気付く。

パルスィは、2人の様子を見ていたのだが、
勇儀の胸にご満悦な様子で埋めているさと見と、
全く意を示さない勇儀姿に、
彼女は先程以上の嫉妬心を全開。
目を白く吊り上げ、凶悪そうに歯をむき出しに、両腕をワナワナと震わせている。

その様子は明らかに怒っている。


「ぱ、パルスィ…?はっ!」


嫉妬心と怒りに満ちたパルスィの様子と、
勇儀の胸に顔を埋めるさと見―――
両者の様子を何度か見比べてみた所、
ヤマメはさと見がパルスィの嫉妬心を煽る為のイジワルをしている事に、
何となく気が付いてしまう。


「おっと…
じゃ、もうこれぐらいにしときましょっと。
いきなりごめんなさいね」

「なあに、この程度の事気にしてないさ。ハッハッハッ!」


ヤマメが自分の意図に気付いた事を第三の目で察したのか、
突然さと見は勇儀から離れ、
勇儀も特に疑いも無く豪快に笑っている。

だが、当のパルスィの様子はそのままであり、
彼女の様子を確認したヤマメは、
「あーあ」と言いたげな様子で、さと見は成功したと思ってニッとする。

そしてさと見は、本来の目的に戻ろうと話しを切り替える。


「さて…それじゃあ本題に入らないと…
ねえ勇儀、私さあ、実は地霊殿に行きたくてここに来たんだけど、
アンタさとり達の知り合いなら、場所知ってるよね?」

「無論だ」

「やっぱり。
…で、地霊殿はこの先を真っ直ぐ…
この世界の真ん中に行けばあるのね?」

「その通り。
さすがは覚り妖怪、
いちいち口出ししなくてもすぐに分かってくれるな」

「え?ホント!?
いやあ、そんな事言ってくれるなんて…
アンタ女神様だよ〜」

「冗談はよせよ。私は鬼だ、女神とは無縁の者よ」

「あぁ!冗談じゃなかったのに…
まあ良いや。
地霊殿の場所も分かったし、もう私はこれで失礼するわね」

「そうか。でも…」

「"気を付けろよ。ここの連中は覚り妖怪の事を良く思っていないからな"
えぇ!?そうなの?
あの2人が暮らしてるって言うものだから、
仲良くやってんだと思ってた。残念…」

「なあに、気にするなって…」

「"もしそいつらの事で何かあったら、私が相談に乗ってやるよ"
そうなの?なら、オッケー!
アンタみたいな話しの分かる鬼さんなら、
いくらでも相談に来てあげるわ!」

「おいおい、そんな大げさな…」

「でも、相談に来てくれると分かって、嬉しいんでしょ?
私も相談相手が出来て嬉しいわ」

「そりゃどうも…」

「…じゃ、今度こそ失礼するわね」

「ああ、気を付けなよ」


こうして、さと見は地霊殿に向かうべく勇儀達と別れ、
勇儀もその姿を見送った。

そして、彼女が見えなくなった辺りで、勇儀は口を開く。


「さあて、私らも行こうか…あれ?」


そう切り出す勇儀だったが、
嫉妬の余りご機嫌斜めなパルスィの様子に気付く。


「パルスィ、どうした?そんな怖い顔して…」


だが、勇儀はと言うと何故そんな顔をされているのか分からず、
パルスィに問う。


「…!もう知らない!!フンッ!!!!」


しかし、さっきから鈍感な勇儀の態度に、
ジェラシー全開のパルスィ本人はと言うと、プイッとそっぽを向いて、
不機嫌な足取りでその場から離れて行ってしまった。


「あ、おい!…いったいどうしたんだ?」

「あーあ…」


パルスィの機嫌が悪くなった理由が分からず困惑する勇儀。
そんな彼女に、ヤマメは呆れた声を上げる。


「あーあ…って何だよヤマメ?」

「あーあ…やっちゃったね」

「やっちゃったね」

「やちゃったって何を?」

「それは自分で考えなよ。
アイツを怒らせちまったのは、アンタでもあるんだからさ」

「あんたでもあるんだからさ」

「…はあ?」


意味深な言葉を述べるヤマメと、オウム返しに喋るキスメ。
だが、鈍感勇儀はその言葉の意味が分からず、
ただ首を傾げる事しか出来なかったのであった。





「ふぅ…ああやって、嫉妬する人煽ってみるのって楽しい」


イジワルが成功して、ご満悦なさと見。
現在彼女は、
鬼や妖怪がいる真っ只中を歩いているが、
特に誰の目に止まっていない。

現在、第三の目を閉じて無意識を操っているからだ。

理由は無論、旧都の妖怪達も覚り妖怪を快く思っていないと勇儀に聞かされたからである。


「しっかし信じられないわねえ…
さとりと一緒の世界で暮らしているくせに、覚り妖怪嫌ってるとか…
ん?」


ふと、彼女は足下を見ると、茶色くてやや大きい蛇が道の真ん中に出て来て、
何かを見失ったかのように周りをキョロキョロしている。
そして、しばらくそうしていた内に、さと見が向かう方向―――
すなわち、地霊殿がある方へと立ち去った。


「今のはニシキヘビ?
でも、ただのニシキヘビには見えないわね。
なんか昔見たような…っ!?」


と、また視線を感じたさと見は上を見上げると、
またしても自分を見る誰かの姿を発見。
だが、その誰かはまたさと見に気付かれたと分かったのか、
地霊殿がある方向へと飛び去った。


「今のは、さっきの…まだ見てたのね。
でも、さっきの蛇と言い、何で地霊殿の方に行ったのかしら?
…これは、地霊殿に行けば何か分かるかもしれないわね。
じゃあ、急がなきゃ」


こうしてさと見は、地霊殿に向かって走っていく。

果たして、彼女に視線を向けていた誰かと、
地霊殿に向かって行った蛇の正体やいかに!



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