そして、移動する事しばらく―――
彼女らはペット達が掃除をしたり飛び交ったりするエントランスや廊下を抜け、
地霊殿の客間に到着。

到着するや否や、さとりはさと見達をテーブルを挟んだ椅子やソファに座らせ、
戸棚からクッキーを始めとした、菓子類を出す。


「気が利くわね」

「この場ではお客様ですからね、これくらいのお持て成しをしないと…」


そう答えるさとりに、
さと見は「ふぅーん…」と言いたげな顔を見せる。


「なんです?
…なるほど、"昔と比べ変わったわね"と言いたいのですね?」

「その通り。
昔から大人しいとは思ってたけど、
ここまで他人への振舞いが丁寧になってるとはねえ…
口調も大分落ち着いてる…
て言うのは、丁寧に接すべき相手の時だけのようね」

「そうでしょうか?私、そこまで変わったのかしら?」

「変わったわよ。昔はやんちゃな所もあったじゃないの」

「…そう言う貴女は、昔と振る舞い方があまり変わっていませんね。
と言うより、昔より酷くなった様な気がします。
あくまで…」

「"表面上は…"ね」


そのようなやり取りを交わすさとりとさと見。
一見久々に出会った友人同士の他愛の無い会話の様だが、
2人共顔が笑っていない。

その様子から、お燐と蛇丸はただならぬものを感じるが、
こいしとお空は真意が分からず首を傾げるばかりだ。

そんな中、さと見はさとりと話しを続ける。


「にしても、動物がいっぱいいるわね、ここ。
表に変なインコいたし、見慣れない鴉と猫がそこにいるし…」

「彼らは、私とこいしがここに居を構えるまでの間、拾ってあげたり、
優しくしてあげたりしたら、慕って着いて来たペット達です。
貴女が会ったインコもそうです。
彼らは、つい最近幻想入りしてきた新入りの双子で、
地上に出掛けた際に空腹で倒れていた所を、助けてあげたのです。
ですが、この2人…空と燐は違いますよ。
この2人は、貴女と私達が地上にいる間に既にいました。
ですが、あの頃はまだ家に餌をもらいに来る程度で…」

「なるほど、道理でお互い知らない訳だわ。
…対して、まさかあのインコが幻想入りした奴だったとはねえ。
でもまあ、そう考えたら、包丁が犯罪とか言うネタに走れたのも、頷けるわ」

「…またそのような事を言っていたのですか?
全く困ったものね…」

「全くよ。
しかも門番でも無い癖に門番になったつもりで威張ってたし。
あれじゃあ他のお客さんから嫌な印象受けるわよ」

「まあ、元よりお客さんはそんなに来ませんけどね」

「…となると、やっぱり相変わらず嫌われてるのね?」

「ええ…今は好かれる努力をしているのですが…」

「へえ、アンタそんな事してるんだ。
良いわねそれ…
嫌われたって良い事なんてないから、
バリバリ頑張りなさいよ!」

「もちろんです」


さと見の応援の一言に、ゆるぎなく答えるさとり。
その心を見て安心したさと見は、話しを進める。

「しかし驚いたわねえ…
まさか、地霊殿を動物いっぱいにするなんて。
昔っからアンタ動物好きで、良く家に持って帰ってペットにしてたわよね。
"いつか自分ン家を動物でいっぱいにしたい"とか言って…」

「そうでしたね…
しかし、今となってはその発言、
何とも後先考えていなかったものだった、と後悔しています…」

「なんで?
…ああ、把握しきれないくらい増えちゃったから?」

「そうです。
おかげで、ほとんど放し飼い状態で…
一応、蛇丸をリーダーとしてはいるのですが…」

「俺でも大変だ。数が多いったらありゃしない…
全くもってヘビーだ…」

「そりゃ大変でしょう。
飼育員がいっぱいいるならともかく、2人だけじゃあねえ…」

「ええ…この辺りは少し考えているんですよね…
中々手が付かないのだけれど…」

「…まあ、無理せず頑張りなさい。
で、そろそろ本題に入りたいんだけど?」

「良いですよ。元々、その話しの為にここへ移動したのですから…」

「だったよね。
…じゃあ、まずはこっちから聞かせてもらっても良い?」

「良いですよ。それで、まずは私の方から話して欲しいと?」

「ええ…辛いでしょうけど、お願い」

「…分かりました。
ただし、それはお互い様である事を忘れなく…」

「分かってる」


そのようなやり取りをした後、
さとりは彼女がいない間に何が起きたのかを話した。

蔑み嫌う者達に両親を殺された事―――

地上に居場所を無くした為、この地霊殿へとやって来た事―――

旧都の妖怪とのトラブルと自身が彼女の気持ちを理解出来なかったが為に、
こいしが心を閉ざしてしまった事―――

それら全てをさと見に話した。


「そんな事があったの…」


話しを全て聞き終え、さと見は一言こぼす。
その話しが飛び出した事により、
お燐とお空は辛い顔をしており、
蛇丸も余り表情の変化はないように見えるが、
その顔は僅かに引きつっていた。
一方、こいしは表情の変化は見せていない。

そんな中、さとりが重く口を開く。


「そうです…
一応この後も、まだ色々あったのですが、
そこまで話すと長くなるので、また次の機会にします…」

「構わないわ。
ホント恐ろしいわね、私達を蔑み嫌う奴らって…」

「ええ…
今も思い出すだけで、胸が苦しくなります…」

「その気持ち分かるわ…私だってそうだもの…」

「私も?サミも何かあったの?」


重苦しい空気が流れる中、さと見の一言に反応し、
今まで黙っていたこいしが割り込むように口を開いた。


「サミって…
アンタまだ私の事そんな風に呼ぶの?」

「だって、貴女の名前、お姉ちゃんと似てて紛らわしいんだもん。
それに、今はそんな事どうでも良いの。
ねえ、いったい何があったの?
その目の傷とかと関係あるの?」

「……………」


こいしの問い掛けに、さと見は苦い表情で黙りこんでしまう。


「こいし、それは今から話す事だから、変に急かさないの」

「えー!?だって気になるもん!お姉ちゃんだって気になるでしょ?」

「確かに気になるわ。
だから、今からじっくり話してもらう…そうでしょう?」

「え?えぇ…」


さとりに言われ、さと見は表情を改める。
その言葉は、話し辛さを少しでも和らげようと、
彼女なりにさと見を気遣った為のものであった。
この時、さと見はさとりがそれだけ成長したのだと実感し、
同時に弟子に助けられるとは思わなかったとも内心感じた。


「じゃあ、話すわね。でも、その前に…」


と、含むような口調で、さと見は急に椅子から立ち上がり、
こう続けた。


「アンタらに、見て欲しいものがあるの…
良い?」

「…さと見、私はダメだと思いますが?」


さと見の問い掛けに、
こいし達は反応しようとしたが、その前にさとりが口を挟む。
何故なら、彼女はさと見が自分が他人に見られたくないものを、
自分達の前で見せようとしている事が、
心を読んでわかったからだ。


「…確かに、本当は見られたくないし、見せたくも無いわよ。
でも、私と一番親しいアンタ達がいるから、
見せてやりたいの。その方が、説得力あるでしょ?」

「さと見…」


多少迷っている様子ではあったが、
ハッキリと答えるさと見。
そんな彼女の姿と心を見て、さとりは止める必要は無いと察する。


「…分かりました。そこまで言うなら、
見せてみてください。貴女達も良いわよね?」

「もちろん!だって、すっごく気になるもん!ねえ?」


こいしの一言に、ペット3人は無言で頷いた。


「OK。じゃあ、見せてあげる…」


そう言った後、
さと見は自分を落ち着かせるように深呼吸をした後、
まずは頭の帽子を取ってヘアバンドを露出させ、
服に纏ったケープを外す。
その後、第三の目に手をやると、彼女の体の各部に伸びていたコードが、
一斉に解かれる。

すると、その内の1本―――
左腕に巻き付いていたコードが解かれると、
その中から縫われた跡が残る左腕が姿を現した。


「あれ?サミ、そんな所も怪我してたの?」

「ええ…でも、こんなのまだ序の口よ」


さと見は、こいしの問い掛けにそう答えると、
今度は両手を服のボタンに回し、上から順番に外し始める。
明らかに服を脱ごうとしている。

それを見て蛇丸が思わず顔を背けようとしたが、
さとりに目をそむけるなと強く言われ、
仕方なくさと見に目をやる。

そうしている内に、さと見は全てのボタンを外し終え、
苦い表情でボタンを外した服を前から開き、
両腕を袖から抜き、その服の下を露わにする。

すると―――




『!?』


下から出て来たものを見て、
さとり以外の周りの一同は、驚き凝視した。

彼女の服の下から出来たもの―――
それは、言ってしまえばさと見の肌。
主に、サラシが撒かれた膨らみの無い胸と、
ヘソ辺りに掛けての部分、そして背中。
これだけなら、普通に女の体なのだが、彼女は違った。
彼女の体にはそれに加えて、切り傷のような跡があった。
それも1つだけでなく、体中の至る所にあり、それら全てが縫われた跡になって残っていた。
そして、その縫われた傷跡は、
先程さと見が妹紅達に見せたがらなかった個所にも存在した。

彼女が妹紅達に隠したがっていたのは、これだったようである。

ちなみに、片方の脇腹には咲夜に付けられた傷が今もあるのは言うまでも無い。


「うわ!」

「コイツは酷い…」

「でしょう?でも、こっちはもっと酷いわ…」


そう言ってさと見は、一同に背を向ける。
すると、その背中には非常に長い縫われた傷跡が付けられていた。
途中でサラシに遮られてはいるものの、
その傷跡は首の下側辺りから腰辺りに掛けて、伸びていた。


「うわ!何コレ!?」


さすがのこいしもこれには驚きの声を上げる。
ペット3人もその傷を見て痛々しげな顔をし、
さとりに至っては哀れみを感じる表情を浮かべていた。


「酷いでしょう…もう凄く痛かったわ…
いや、痛いなんてレベル軽く超えてたわよ。
もう中身飛び出して死ぬんじゃないか…そう思ったわ」

「見た限り、そんな感じだな…」

「しかし…随分と酷いね…
だから、さとり様はダメだって言ったの?」

「ええ…
アンタ達なら、大丈夫そうだからこうして特別に見せたけど、
もしそうじゃなかったら、絶対拒否よ。
だって…こんな身体の女の子って、何か嫌でしょう…?
引かれるでしょう…?それに、コレは大切な人を守れなかった証…
そう、今も思い出したくないほどのね…」


服の下を隠す理由を述べるさと見。
この時の彼女は、まだ泣いてはいないが、
声は悲しさを帯びた涙声になっており、傷跡を残された事への辛さを感じさせる。


「ホント酷いね。
サミ、昔から傷治るの遅い体質だったのに…」


珍しく悲しげに声を掛けるこいし。
彼女に続くかのように、さとりも口を開く。


「そうね。本当に辛かったようね。でも、誰がこんな事を?」

「それは…」


さとりの問い掛けに、さと見は押し黙ってしまう。
これに、さとりはマズイ事を聞いてしまった事に気付く。


「…すみません。
一番思い出したくも無い事を聞いてしまって…」

「別に良いわよ…
アンタ達が一番気になってる事でしょ?
あの時の事話さないと、
アンタ達なんで私が急にいなくなったのか、分からないじゃない」

「私はもう分かってきていますが?」

「そりゃ、アンタは心が読めるからね。
でも、こいしやそこのペットは違うんじゃないの?」


さと見の言うとおりであった。
さと見の心が読めるさとりは、
彼女が今思い出している昔の事が読めたが、
覚り妖怪の力を封じたこいしと、
元より読心が使えないお燐、お空、蛇丸は、
さと見に何があったのか気になってしょうがない様子であった。


「貴方達…」

「すまない…
こんなの見せられては、どうしても気になって…」

「私も、サミに何かあったのか気になるよ」

「ほらね。話す必要あるでしょ?」

「…しょうがありませんね。
なら、してあげなさい」

「OK…」


こうしてさと見は、
何が起きたのか静かに語り始める。


「こいしは覚えてるかしら?
覚り妖怪の虐殺事件のこと…」

「覚えてるよ。
犯人不明で、しかも捕まった報告も無いのに、
突然現われなくなったんだよね?アレがどうかしたの?」

「実は私、父さんと一緒にその事件の犯人を探っていたのよ。
そしたら…」

「そしたら?」




「その途中、突然妖怪に襲われたのよ」

「お、襲われた!?」

「ええ…何とか応戦したんだけど、
そいつ、凄く強かったうえ、心が読めなかったのよ…」

「心が読めなかったって…
それって、私みたいに心閉じちゃってたって事?」


こいしの問いに、さと見は無言で頷く。


「う…」

「嘘ぉ…」

「強いうえに心が読めない…恐ろしい奴がいたものだ」


その話しを聞き、ペット達は驚愕する。

それもそのはず、
心を読む事でようやく実力を発揮出来る覚り妖怪にとって、
天敵以外の何者でも無い。
それは、さとりが心を閉ざしたこいしにいつも負けている事を良く知るペット達は、
痛いほど良く分かっていた。

そのうえ、その妖怪とやらは強いと来たものだから、
それはもう恐ろしい存在としか言いようがない。

だが、そこで1つの疑問が浮かび上がる。


「でもその妖怪、何で心が読めなかったの?」


そう、その妖怪はいかにして心を読む程度の能力を遮断したかだ。
心を読まれないようにするには、
まず心を空にする必要がある。
だが、そのような事早々出来るものではない。

しかし、さと見はこう言った。


「さすがに詳しい理由は良く分からないわ。
でも、私が思うに、アイツは心を空にする技術…
つまり、無心を会得していたんじゃないかしら?」

「なるほど!それならありえるわね」

「でも、そうなるとその相手って…」

「ええ。恐らく…
いや、間違いなく私ら覚りと言う種族をとことんまで知り尽くしていた者。
恐らく、覚り妖怪対策として修行を積んで、
自由に心を空に出来るようにしたんでしょうね。」





「覚り妖怪を殺す為に」


「やっぱり…」

「じゃあ、覚り妖怪虐殺事件の犯人は、その妖怪って事?」

「他にそれっぽいのがいないわ」

「そうだったんだ…
驚いた。サミが犯人突き止めてたなんて」


さとり以外の周りの一同は驚いた。
あの犯人不明のまま事が収まってしまった、
覚り妖怪の虐殺事件の犯人を知っていたと言うのだから無理は無い。

だが、ここでまた新たな疑問が浮かび、
蛇丸が口を開いた。


「ちょっと待て。もしそうなら、何故みんなに教えてくれなかったんだ?」

「そうだよ!しかも急にいなくなって!」


と、蛇丸に続くこいし。
それを聞かされると、さと見はまた辛く重たい表情を浮かべ、
重々しく口を開く。


「…本題はここからよ。
その妖怪は余りの強さと相性の悪さで、私は苦戦したわ。
それを良い事に相手はやりたい放題で、
私はこんなボロボロな体にされちゃったのよ…」

「そうか、その傷はそれで…」

「ええ…ついでに、服もかなりボロボロにされたから、
昔母さんが着てたのを、今は代わりに着てるのよ…」

「そうなんだ。
でも、何で上の方に集中してるの?確実に殺す為?」

「でしょうね。
覚り妖怪は心臓とか第三の目とか、弱点が上半身に集中してるからね。
父さんが言うには、虐殺された覚り妖怪達も、
私同様上半身に傷が集中してたらしいわ」

「酷いね。いったい私達に何の恨みがあったのかしら?」

「知らないわ。
でも、私もまたアイツを許さない…
こんな傷付けたどころか、アイツのせいで父さんが…
いいえ、これはアイツだけのせいではないわね…」

「え?どう言う事?サミのお父さん、どうなったの?」


含むような言葉に、こいしは問う。
話し辛い事なのか、
さと見は一瞬躊躇う様な素振りを見せたが、すぐに重い口を開く。


「実はね、アイツと戦って、不意打ちで左目やられて、
そのせいで私殺され掛けちゃって…
トドメ刺されそうになった所に、
騒ぎを聞いて助けに来てくれた父さんが割り込んで来たのよ…」

「え?!そ、それじゃあサミのお父さん…」

「いいえ、この時点ではまだ死んでないわ。
でも、かなりの重傷を負ってしまったわ。
だから私は怒って、左目傷付けたお返しに、
第三の目のコードでそいつの右目潰してやったのよ。
そこから体内電気でも流してやろうかと思ったけど、
アイツはコードを千切って凄い早さで逃げてしまったわ…」

「そんな事があったんだ。で、その後どうしたの?」

「その後私は、傷が祟って倒れちゃったわ。
父さん共々ね…
それで、アンタ達か誰か助けが来るのを待つ事にしたんだけど…
実は…」

「実は?」

「実はね…私…」




ここで、さと見の回想が入る―――

回想に映るのは、何処かの林か森―――

雨が降りしきる中、
謎の妖怪に襲われ、左目や体中に傷を負い、
スカートに一筋の切れ込みを入れられ、血塗れで倒れたさと見と、
その横で、目玉のケープを身に纏い、
胸に大きな傷を負って倒れる父の姿が―――


「うぅ…お父さん…痛いよ…苦しいよぉ…」

「それは…父さんも同じさ。でも、大丈夫…
あんな騒ぎが起きたんだ、時期に助けが来るさ…」


息絶え絶えに苦痛を訴えるさと見だったが、
彼の父親は苦しみながらも、
冷静な様子で彼女を安心させようとする。

にも関わらず、さと見は良い顔をしようとしない。


「どうした?別に遭難した訳じゃないから、
絶対に助からないとか、そんな事など無い。心配…」

「う、嘘…」

「なに?」

「嘘…言わないで…お父さん…。
お父さんは、そうかも…しれない…でも…うぅっ…!
私、もう助からないんでしょう…?もうすぐ、死んじゃうんでしょう…?」

「何を言っている…そんな訳…」


「そんな訳無い」と、彼女の父親は言おうとしたが、
さと見は首を横に振って弱々しながらも、ハッキリとこう言った。


「う、うぅん…お父さん…
嘘言ってるでしょ…
心配させたくないから、嘘言ってるでしょ…?
私、分かってるよ…背中の怪我が、致命傷になってる事…」

「気付いて…いたのか?」

「あれ…忘れ、ちゃった…?
私も、お父さんみたいな立派な、覚り妖怪よ…?
それに、自分の体だから…尚更分かるの…
あぐぅ!」


と、背中に激痛が走り、さと見は苦痛の表情を浮かべる。


「さと見…!」

「はぁ…はぁ…くぅ…!
お父さん…うぅ…!ご、ゴメンね…私、弱くて…
私が、弱かったせいで…お父さんにまで怪我…させちゃって…」

「さと見…」

「うぅ…もっとアイツらと、遊びたかったなあ…
もっと、お父さんと一緒にいたかったなあ…」


遠くを見る様な目で、
それでいて何かを悟るような様子で呟くさと見。
その目には涙が浮かんでいる。


「ねえ…」


急に父に顔を向けると、さと見はこう続けた。


「私、もうすぐ死んじゃうけど…
絶対にさと見の事…忘れないで…
もちろん、アイツらにも私の事忘れないでって…」

「さと見…」


涙ぐんだ顔で頼んで来る娘に、
父は複雑な表情を浮かべ、しばし黙りこむ。

そして―――




「…え!?」


彼女の父親は、信じられない行動に出る。
彼は急に立ち上がると、
自分の第三の目を、弱り切った娘の第三の目に押し当てると、
その第三の目を光らせる。

まるで、何かを第三の目を通して彼女に送り込むかのように―――
否、送り込んでいた。


「お、お父さん…?!何やってるの…?!
何で自分の妖気を私に注いでるの…!?」


そう、彼は自分の妖気を、彼女に送り込んでいた。
その行為は、致命傷を負った娘を助ける為のものであると言うのは明白だ。
だが、彼女の父も命に別条は余り無いとは言え、
それなりに弱っている。
そんな状態で他者に自身の妖気を与えると言う行為は、
自らの死を意味していた。


「止めて…!止めてお父さん…!!
そんな事したら、お父さんが死んじゃう!!お願い止めて!!!」


それを知ったさと見は、
拒絶するが彼女の父親は娘の声など無視し、
妖気を送り続け、そしてその全てを彼女に分け与えた。


「お…お、父さん…何で…?」


動揺して心を読めないでいるのか、
父の行為の真意が上手く探れないさと見。
それを知ってか彼女の父親は、
妖気を失い、弱り切った様子でこう答える。


「すまない…さと見…父さんは、お前が死ぬのは望めない…」

「な…なんで?!私みたいな弱い奴なんて、死んだ方が良いわ…!」

「バカな事を言うな…弱いだけで、死んで良いはずなど無い…
さと見…お前は…まだ、若い…
死んだ母さんや、私よりも…
まだまだ、しなければならない事は、沢山あるはずだ…
だから…い、生きてくれ…」

「嫌!私、お父さんと一緒じゃなきゃ嫌!
お父さんと一緒にいないと生きていけない!!」

「さと見…お前は…
人間で言う…二十歳だ…
見た目はともかく…もう、大人…だ…
私無しでも、生きていけるはず…うっあぁ…!!」


と、急にさと見の父親は全身から力が抜けるかのように、
ガクッと倒れかける。
彼の体は確実に弱り、死が近付いていた。


「あぁ…!」

「す、すまない…お父さんは…
もう、長くない…
娘に最後にしてやれる事が、こんな事で…すまない…」

「謝らないで…謝っても嫌なものは嫌…!」

「そう…か…なら…」


薄れ行く意識の中、
さと見の父親は纏っていた目玉のケープを外し、彼女に渡す。


「コイツを…お前にやろう…
私だと思って、大事に、持っていてくれ…」

「コレが…お父さんの代わり?バカ言わないで!
お父さんの代わりなんて、この世にいない!
私のお父さんは、貴方だけよ…!!」

「そう…ではない…
さと見…私は、死んでもお前のことを…
ずっと見ている…
コレは、私が、お前をいつまでも見守っている…
それを、忘れ…させな…ゴホゴホッ!」


突然むせるさと見の父親。
彼の意識は、ここに来て消えようとしている。


「お、お父さん…!」

「ハァ…ハァ…さと見…
生きてくれ…父さんと母さんの分まで…
しっかりと…」

「い、嫌!」

「ははっ…まだ、そんな、事を言うのか…
反抗期は…
終わったんじゃなかったのか…
まあ、良い…
こうして、父としてお前を…うぅ…
生かす事が出来て…本望だ…
ただ、1つ残念なのが…これからも、成長していく、お前を…
もう側で見て、あげられな…い……こ………と…………………」


ドサッ…

心残りに思う一言を残そうとするさと見の父親だったが、
その最中倒れ、動かなくなってしまった。


「お?お父さん…?お父さん!」


父の異変にさと見は手を伸ばし、父の体を揺する。
だが、父親は身動き一つせず、反応も無い。


「う、嘘よね?お父さん…返事してよ…ねえ!!」


必死に呼びかけ、尚も体を揺するさと見。
しかし、それでも父親は反応せず、
更に思い出したかのように心を読もうとするが、
彼の心は読めない―――否、肉体から心が消滅していた。

それは、紛れもなく彼の死を物語るものであった―――


「う、嘘よ…嘘よこんなの!!
ねえ、お父さん起きてよ!起きて、私の事呼んでよ!!お願い!!!」


それでも目の前の現実を受け入れられないさと見は、
何度も呼び掛けるが、
事切れた父親からは何の返事も帰って来ない―――


「い…嫌…、嫌よこんなの…
嫌アァァァァァァァァァ―――――――――――――――――!!!!!!




「そ、そんな事が…」


さと見の悲痛な叫びを上げた辺りで、回想は終了。
彼女の身に起きた事を聞かされたこいしは、
またも珍しく驚愕の表情を浮かべている。

一方、それを黙って聞いていた蛇丸が、一言こぼした。


「なんと、悲しい…」

「もう、悲しいなんてレベルじゃないわ…
私はその瞬間、何もかもが終わったような気がした。
そのせいか、その後の事は良く覚えて無くて、
気が付いたら、古明地邸…昔のさとりとこいしの家の前に立っていたわ。
多分、廃人状態で無意識にさまよった末、
アンタ達に話そうとかとか思ったのかもしれないわ。
でも、その時は古明地邸は荒れ果てて誰もいなかった。
私は、さとりとこいしを必死に探した。でも、見付からなかった。
だから私は、この時こう思ったの。幻想郷に、私の居場所は無いって…」

「それで、外の世界へ?」

「ええ…でも、出て間もない頃は荒れててね…
さっきみたいな事が起きたせいで、ゴチャゴチャしてて…
それで、人間を襲ってたんだけど、
そん時にある妖怪にとっちめられて、説教されてね…
それで考えを改めて、静かに暮らす事にしたの。
ついでに、さっきみたいな悲劇を二度と起こさないように、
強くなる為の努力を密かに積んだわ。
…実は第三の目を軽く閉じたのも、
心を読めない相手と戦う為の対策に使えないかなって思って、
試しにやってみた事だったのよ」

「そうだったんだ」

「で…自分が弱く、そのような傷を負ったせいで、
父親を死なせる原因を作ってしまった…」

「だから、大切な人を守れなかった証って事にしてるんだね?」

「そう言う事。
それで、長年の間ずっとあっちにいたけど、
一部の人間に失望しちゃってね…それで結局、ここに帰って来た。
大体こんな感じね。
他に何か気になる事は…ん?」


大体の説明を終え、質問が無いか問うさと見だったが、
その際、蛇丸に目が止まった。


「どうやら、まだ何か気になる事があるようね?」

「ああ。お前が何故こうなってしまったのかは理解した。
それで気になったんだが、お前を襲った妖怪、
いったい何者だったんだ?」

「あ!そう言えば…!」

「すっかり忘れてた!
サミ、その無心を使える強い妖怪って、誰だったの?」

「私を襲った奴?
それは…」

「それは?」




「天狗の男だったわ」


「鴉天狗の男?」

「うにゅ?呼んだ?」


鴉と言う単語が含まれたからか、お空が反応する。
これにお燐は「鴉じゃないわよ!鴉天狗!」と突っ込みをいれ、
お空も「そうでした…」と後ろ頭をかいた。

そんな彼女らをよそに、さと見らは話しを続ける。


「鴉天狗の男か…いったい誰だ?」

「さあ…私の知らない奴だったわ。そもそも、鴉天狗とはそんなに会わないし…」

「それなら、特徴は?特徴さえ分かれば、俺達でも誰だか見当が付く」

「特徴ね…うーん…
確か、目付きが悪いイケメンって感じの顔で、
前髪が妙にぼさっとしてて、都合が良い事に潰した右目を隠すような形をしてたわ」

「他には?」

「他には、鉄で出来た団扇を武器にしてて、
それで風とか起こしたり、その団扇で斬り掛かったりして攻撃して来たわ。
私は、それでこの傷を付けられたの」

「目付きが悪いイケメンで、
前髪がぼさっとしてて、鉄の団扇を持ってて…」

「それに加えて、右目が潰れている…」

「うーん…私、良く妖怪の山で鴉天狗達の集落覗いてるけど、
そんな鴉天狗見た事無いよ」

「アンタ達も知らないか…
じゃあいったい、アイツは何者だったのかしら?」

「さあな…まあ、こいしが見掛けてないと言う事は、
大方、何かしらの理由で既にくたばった身だろうな」

「そうだよね。途中から事件起こらなくなったし」

「本当に、それなら良いけど…」


そう言うさと見だったが、
何処か未練がましい表情を浮かべている。


「サミ?」

「あぁ…ゴメン…
犯人の正体が未だ分からないのが、もどかしくて…」

「確かに、もどかしいでしょうね…」


と、ここで今まで黙っていたさとりが、口を開く。


「お姉ちゃん…」

「さとり…」

「自分の怒り、憎しみをぶつけたい相手の所在が分からない…
故に、どうしようも出来ない…
ここまでもどかしい事は無いでしょうね。
でも、これだけは気を付けて…
貴女の気持ちは分からない事は無い…けど、絶対に憎しみに飲まれないで…
強い憎しみは、優しさを失い、
今度は自分で自分の大事なものを失う事になります。
かつて、強過ぎる憎しみと勘違いで、
そうなってしまった者に会いました。だから…」

「"私にそいつの二の舞になるな…"
そう言う事でしょう?」

「ええ…まあ、了承してくれているようですが」

「もちろんよ。しっかしまあ、今度は私に警告までしちゃうなんて…」

「"ホント、アンタ成長したわね"
そうでしょうか?私はただ、当たり前の事を言っただけですよ」

「ま、そう言う事にしといてあげる」


旧友とそのようなやり取りを交わすさと見とさとり。

心成しか、先程の重々しく悲しい空気が、和らいだ―――
そんな感じの雰囲気が漂うのであった―――



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